みちのくに生まれて老いて萩を愛づ  佐藤鬼房【季語=萩(秋)】


みちのくに生まれて老いて萩を愛づ

佐藤鬼房
『幻夢』2004年


渡辺誠一郎さんから『佐藤鬼房の百句』(ふらんす堂)をいただいて読んでいた時に、この句にあたっておや、と思ったのは、自分が詠んだ句に「悪党に生まれて死んで雛あそび」というのがあって、構造的にちょっと似ていたので。自分は中世の悪党からイメージして詠んだものだったのだけれど、人によっては鬼房の句を意識したものとして読まれちゃいそうである。しかし、自分の句などあげるまでもなく、「生まれて」「死んで」「老いて」などは言ってみれば生の時間にまつわるストックフレーズの範疇にあり、たとえば永田耕衣「白き蛾の老いて生れて天の川」などを見ても、勝負所は白い蛾と天の川という不可思議な取り合わせにあるのだろう。それを鬼房の句で言うなら「みちのく」と「萩」。みちのくは広いが、みちのくの宮城野は歌枕かつ萩を詠み込むのがお約束であったから、耕衣の句とは真逆で、非常に歴史的連想性の高い、いわば風流に「ベタ」な句であると理解できてしまう。そのような文脈で考えると、掲句はおそろしくベタな要素を並べて一句が成立しているようにも見えてくる。が、ここでその文脈を反転させるポイントになるのが、中間の接続助詞の「て」の微妙な切れの仕事なのではないか。〈みちのくに生まれて老いて/萩を愛づ〉ではなく、〈みちのくに生まれて/老いて萩を愛づ〉。このスラッシュの位置には時空の屈折があり、少年期から壮年期という長い時間が跳んでいるのである。言い換えれば、この句の主人公は、老いるまでは萩を愛でる趣味など眼中にはなかった、ということとなるのであり、ずっとみちのくに居て風流趣味に生きた人、と読んではいけない。

橋本直


🍀 🍀 🍀 季語「萩」については、「セポクリ歳時記」もご覧ください。


【橋本直のバックナンバー】
>>〔53〕言葉がわからないので笑うてわかれる露草咲いてゐる 種田山頭火
>>〔52〕南海多感に物象定か獺祭忌     中村草田男
>>〔51〕胡桃割る胡桃の中に使はぬ部屋    鷹羽狩行
>>〔50〕ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ  なかはられいこ
>>〔49〕彎曲し火傷し爆心地のマラソン    金子兜太
>>〔48〕蜩やチパナスのあたり雲走る     井岡咀芳
>>〔47〕日まはりは鬼の顔して並びゐる    星野麦人
>>〔46〕わが畑もおそろかならず麦は穂に  篠田悌二郎
>>〔45〕片影にこぼれし塩の点々たり     大野林火
>>〔44〕もろ手入れ西瓜提灯ともしけり   大橋櫻坡子
>>〔43〕美しき緑走れり夏料理        星野立子
>>〔42〕遊女屋のあな高座敷星まつり     中村汀女
>>〔41〕のこるたなごころ白桃一つ置く   小川双々子
>>〔40〕海女ひとり潜づく山浦雲の峰     井本農一
>>〔39〕太宰忌や誰が喀啖の青みどろ    堀井春一郎
>>〔38〕草田男やよもだ志向もところてん    村上護
>>〔37〕水底を涼しき風のわたるなり     会津八一
>>〔36〕棕梠の葉に高き雨垂れ青峰忌    秋元不死男
>>〔35〕谺して山ほととぎすほしいまゝ    杉田久女
>>〔34〕夕立や野に二筋の水柱       広江八重桜
>>〔33〕雲の上に綾蝶舞い雷鳴す      石牟礼道子
>>〔32〕尺蠖の己れの宙を疑はず       飯島晴子
>>〔31〕生前の長湯の母を待つ暮春      三橋敏雄
>>〔30〕産みたての卵や一つ大新緑      橋本夢道
>>〔29〕非常口に緑の男いつも逃げ     田川飛旅子
>>〔28〕おにはにはにはにはとりがゐるはるは  大畑等
>>〔27〕鳥の巣に鳥が入つてゆくところ   波多野爽波
>>〔26〕花の影寝まじ未来が恐しき      小林一茶
>>〔25〕海松かゝるつなみのあとの木立かな  正岡子規
>>〔24〕白梅や天没地没虚空没        永田耕衣
>>〔23〕隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな  加藤楸邨
>>〔22〕幻影の春泥に投げ出されし靴     星野立子
>>〔21〕餅花のさきの折鶴ふと廻る       篠原梵

>>〔20〕ふゆの春卵をのぞくひかりかな    夏目成美
>>〔19〕オリヲンの真下春立つ雪の宿     前田普羅
>>〔18〕同じ事を二本のレール思はざる    阿部青鞋 
>>〔17〕死なさじと肩つかまるゝ氷の下    寺田京子
>>〔16〕初場所や昔しこ名に寒玉子     百合山羽公
>>〔15〕土器に浸みゆく神酒や初詣      高浜年尾
>>〔14〕大年の夜に入る多摩の流れかな   飯田龍太
>>〔13〕柊を幸多かれと飾りけり       夏目漱石
>>〔12〕杖上げて枯野の雲を縦に裂く     西東三鬼
>>〔11〕波冴ゆる流木立たん立たんとす    山口草堂
>>〔10〕はやり風邪下着上着と骨で立つ    村井和一
>>〔9〕水鳥の夕日に染まるとき鳴けり    林原耒井
>>〔8〕山茶花の弁流れ来る坂路かな     横光利一
>>〔7〕さて、どちらへ行かう風がふく     山頭火
>>〔6〕紅葉の色きはまりて風を絶つ     中川宋淵
>>〔5〕をぎはらにあした花咲きみな殺し   塚本邦雄
>>〔4〕ひっくゝりつっ立てば早案山子かな  高田蝶衣
>>〔3〕大いなる梵字のもつれ穴まどひ     竹中宏
>>〔2〕秋鰺の青流すほど水をかけ     長谷川秋子
>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風       正岡子規


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


関連記事