付喪神いま立ちかへる液雨かな
秦夕美
(『現代俳句文庫83 秦夕美句集』)
「付喪神」というのは、不思議な存在である。まず、そもそも神ではない。室町期に成立したとされる物語を絵巻にした『付喪神記』の冒頭には、「陰陽雑記云器物百年を経て化して精霊を得てより人の心を誑すこれを付喪神と号すといへり」(注)とあって、古道具が長い年月を経て妖怪と化し、人に悪さをしたものを言う。妖怪変化の類を神などと言い出すのがいかにも中世室町ぶりで、貧乏神なども室町期に登場したものらしい。とはいえ、現代に生きる私たちもまた生物以外の存在にも魂があると考えることにはあまり違和感を持たないのがこの国の文化の面白いところで、それをアニミズムと呼ぶ人もいる。でもこの付喪神、神をデフォルメしているのだから、根源的な宗教心みたいなところから湧いたにしては、なんか胡散臭い感じがないだろうか。
さて、掲句。その付喪神が「いま立ちかへる」というのだから、液雨の降るなかで元の状態に立ち戻るということになる。一旦妖怪としての姿をあらわしたものの、なんらかの理由でふっともとの古道具に戻ったわけだ。「液雨」と聞くとなにやら気味の悪い感じで、だらだらと雨だれしていそうなのだが、実は「時雨」の傍題である。だから、「液雨」は和歌以来の時雨のしとしとと降るものという本意を裏切る語感があるように思う。この「液」はよく解らないのだが、辞書を引くと「立冬後一〇日を入液、小雪を出液と呼び、この間に降る時雨をいう。」(『明鏡国語辞典』)とある。そうなると、一週間弱ほどの期間しかないのだが、そこに霊的な何かが発動したものだろうか。『荊楚歳時記』では百虫がこの雨水を飲んで穴に籠もることになっているが、付喪神もこの雨をうけて百虫にならうようだ、ということとも解釈できようか。あるいは、まったく逆に、道具の振りをしていたものが、その短い間は人に悪さをする付喪神の姿に立ち返るのだ、ととらえることもできるだろう。さて、妖怪の立ち現れとして、どちらを佳しとしたものだろうか。
注:『付喪神絵巻』とも。絵巻の中身は、煤払いで人間に捨てられた調度類がその恨みをはらすべく相談し、造化の神の力で生まれ変わるべく陰陽が入れ替わる立春を前に手段で自決して見事に妖怪に化け、人間への仕返しを繰り返すが、やがて真言密教の力で懲らしめられて仏法に帰依し、最後は即身成仏に到る、という筋立てなのだが、もちろんこんなご都合主義のストーリーよりも妖怪の画をみるほうが断然楽しい。
(橋本直)
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【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。
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