桐咲ける景色にいつも沼を感ず
加倉井秋を
昨今、「趣味にハマる、没頭する」という意味合いで「沼」と称するようであるが、それを不意に聞くにつけ姓に沼が付く身としては「えっ呼んだ?」と小さく反応してしまうことがある。そんな沼尾が先週から5月の火曜の当欄を担当させていただいているが、どうか浅学な拙文をお許しいただければとお願いする次第である。先週に引き続き取り上げる加倉井秋をは私の初学の頃から気になっていた作家である。
桐の花は華やかさと同時にどこか陰影を感じさせる花だ。最も、それは対峙するその時の感情、気持ちに左右されるものかもしれない。秋をのこの俳句には自身の心情の機微がその独特な文体によく反映されている。そもそもこの「沼」は眼前に見えているのだろうか。見えているのなら、客観的に「沼のあり」、口語なら「沼がある」と表現しようもの。桐の花に触発されて「いつも」「感」じられているのであれば隠沼というわけでもあるまい。すると、感受された「沼」は陰鬱や暗さなど沼一般のイメージのメタファーとして捉える方が自然であろう。「桐咲ける景色」はどこにも焦点を結ばず、いつのまにか心の淀みのようなものに沈潜していくような印象だ。桐の花の視座の自分と、内面への視座の自分。平たく解釈してしまえば、清々しい桐の花咲く5月の陽気になっても、どこか気持ちの晴れない寂しいもう一人の自分がどこかにいる、というような所であろう。
句集のあとがきに秋をの作句姿勢を窺わせる一節が、「(中略)私の微かなる願ひは、自己に執するこの呟きが、求め合ふもの、呼びかけるものとしての、人より人に傳はる、言はば相聞性をもつ迄に推移してゆくことにあった。」とある。読者との共感による相聞を期していた秋をであるが、表現上は自問自答に近い極めて内向きな形式となっている。秋をの相聞を私は果たして伝えることができただろうか。
(句集『午後の窓』より)
(沼尾將之)
【執筆者プロフィール】
沼尾將之(ぬまお・まさゆき)
1980年埼玉県生。「橘」同人。俳人協会幹事。俳人協会埼玉県支部世話人。 句集『鮫色』(ふらんす堂、2018年)(第43回俳人協会新人賞受賞)
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】