ラーメン舌に熱し僕がこんなところに
林田紀音夫
(『風蝕』1961年)
林田紀音夫の第一句集から(引用は福田基編『林田紀音夫全句集』による)。林田の代表作といえば、「鉛筆の遺書ならば忘れ易からむ」(1953年)や、「黄の青の赤の雨傘誰から死ぬ」(1957年)、「いつか星空屈葬の他は許されず」(1963年)などがよく知られているのではないだろうか。何れも死の匂いが漂いつつも、いまここの現実からは抽象の度合いを強くした作品になっている。しかし、林田の全句集を紐解くと、掲句のような卑近な現実に実存を見る傾向の句も少なくない。ところで、俳句で食べ物を詠む時は、読者が美味しそうに感じる句を詠めという主張をどこかで聞いた覚えがあるが、この句はそれらとはずいぶん立ち位置が違う。食を通して己に気がつくというのだから、それまで我が心は我が身の内にあらぬ心身の不安定を抱えていたと思われ、そうなるとラーメンがうまいかどうかなどはどうでもよろしく、熱さでシビれた舌の感覚に己の存在が発見されるのである。それ以前に何があったのか俳句から読み取ることは不可能だが、なにやらヒューマンドキュメンタリーの匂いがする一句。(引用句末の作成年は現代俳句協会編『昭和俳句作品年表』によった)
(橋本直)
【橋本直のバックナンバー】
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>>〔57〕みかんいろのみかんらしくうずもれている 岡田幸生
>>〔56〕あきかぜの疾渡る空を仰ぎけり 久保田万太郎
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>>〔42〕遊女屋のあな高座敷星まつり 中村汀女
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>>〔40〕海女ひとり潜づく山浦雲の峰 井本農一
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>>〔38〕草田男やよもだ志向もところてん 村上護
>>〔37〕水底を涼しき風のわたるなり 会津八一
>>〔36〕棕梠の葉に高き雨垂れ青峰忌 秋元不死男
>>〔35〕谺して山ほととぎすほしいまゝ 杉田久女
>>〔34〕夕立や野に二筋の水柱 広江八重桜
>>〔33〕雲の上に綾蝶舞い雷鳴す 石牟礼道子
>>〔32〕尺蠖の己れの宙を疑はず 飯島晴子
>>〔31〕生前の長湯の母を待つ暮春 三橋敏雄
>>〔30〕産みたての卵や一つ大新緑 橋本夢道
>>〔29〕非常口に緑の男いつも逃げ 田川飛旅子
>>〔28〕おにはにはにはにはとりがゐるはるは 大畑等
>>〔27〕鳥の巣に鳥が入つてゆくところ 波多野爽波
>>〔26〕花の影寝まじ未来が恐しき 小林一茶
>>〔25〕海松かゝるつなみのあとの木立かな 正岡子規
>>〔24〕白梅や天没地没虚空没 永田耕衣
>>〔23〕隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな 加藤楸邨
>>〔22〕幻影の春泥に投げ出されし靴 星野立子
>>〔21〕餅花のさきの折鶴ふと廻る 篠原梵
>>〔20〕ふゆの春卵をのぞくひかりかな 夏目成美
>>〔19〕オリヲンの真下春立つ雪の宿 前田普羅
>>〔18〕同じ事を二本のレール思はざる 阿部青鞋
>>〔17〕死なさじと肩つかまるゝ氷の下 寺田京子
>>〔16〕初場所や昔しこ名に寒玉子 百合山羽公
>>〔15〕土器に浸みゆく神酒や初詣 高浜年尾
>>〔14〕大年の夜に入る多摩の流れかな 飯田龍太
>>〔13〕柊を幸多かれと飾りけり 夏目漱石
>>〔12〕杖上げて枯野の雲を縦に裂く 西東三鬼
>>〔11〕波冴ゆる流木立たん立たんとす 山口草堂
>>〔10〕はやり風邪下着上着と骨で立つ 村井和一
>>〔9〕水鳥の夕日に染まるとき鳴けり 林原耒井
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>>〔7〕さて、どちらへ行かう風がふく 山頭火
>>〔6〕紅葉の色きはまりて風を絶つ 中川宋淵
>>〔5〕をぎはらにあした花咲きみな殺し 塚本邦雄
>>〔4〕ひっくゝりつっ立てば早案山子かな 高田蝶衣
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>>〔2〕秋鰺の青流すほど水をかけ 長谷川秋子
>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風 正岡子規
【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。
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