俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第71回】 志摩と友岡子郷

「子郷俳句には、木洩れ日のような繊さと勁さとそして優しさがある。人知れぬ厳しい鍛錬を重ねながら苦渋のあとを止めないためか」(飯田龍太)、「言葉への好みの潔癖さがあり、どろどろとした汚れた世界に無縁な生来の詩人と言うべき人」(鍵和田秞子)、「永年私淑して「俳句に大切なものはやさしさです」の言葉に励まされた日々であった」(川崎雅子)、「友岡俳句は、「かなしさ」「さみしさ」の世界。叉の感性の一要素としての繊細さ。決して読者を高所から見下ろすことなく、常に弱者の視点を失わず、対象を仰ぎ見る」(中岡毅雄)、「詩的に洗練された瀟洒な俳句を詠み、龍太への一途な思いを貫いた人」(井上康明)、「「純潔」という印象の作品を生涯にわたって生み続けた」(岸本尚毅)等の鑑賞がある。

大王埼灯台(志摩市観光協会)

秋晴れの隅にて黒板拭はたく

柳散る直路直歩のかなしみ湧き

跳箱の突き手一瞬冬が来る

走馬燈草色の怨流れゐる

皓として臥すのみの父野分中

白湯さめしごとくに鶴の空はあり

大年の出船のあとを少し掃く

その一信植田の日矢のごとくなり

水よりも鮒つめたくて夕永し

倒・裂・破・崩・礫の街寒雀

いちまいの瓦の上の手向け雛

嫁がせて一輪草は一輪ぞ

おのづから雲は行くもの青林檎

この小さき机に学び蝶の昼

夕刊のあとにゆふぐれ立葵

蝉殻や少年の日はいくさの日

冬すみれこころのうちの日なたにも

黙礼のすがたの孤松梅雨の中  六月、陸前高田

津波跡こころに虻の音一つ

原爆図よりじんじんと油蝉

冬雲雀師も通ひたる校舎見ゆ

龍太句碑笹鳴を待つごとくあり

春天の高みより何見たまふや  飯田龍太先生逝去

手毬唄あとかたもなき生家より

冬麗の箪笥の中も海の音

春の月良書に出会ひたるごとく

母を知らねば美しきいなびかり 夭折なれば

貝風鈴思ひ出うすれゆきにけり

わが一生(ひとよ)ヒアシンスまた咲きそめぬ

龍太へ一途な師事に加え、人間は「自然内存在」であると共に「社会的存在」であるとしての弱者への視点、加えて「マイナーポエット」(著名ではないが、良質の作品を書く人)との認識を生涯持ち続けた俳人であった。

(書き下ろし)

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【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。「沖」蒼芒集同人。俳人協会会員。日本文藝家協会会員。「塔の会」幹事。著書に『俳句で巡る日本の樹木50選』(本阿弥書店)。新刊に『全国・俳枕の旅62選』(東京四季出版)。


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