水面に閉ぢ込められてゐる金魚
茅根知子
盛岡へ旅をした時、2日目の予定をきっちり決めず現地で相談した。るるぶを見ながら近くを適当に…と考えていたら息子が「龍泉洞」と断言。滞在地から自動車で約90分かかるので始めから選択肢に入れていなかったが、行きたいという強い希望を聞いたらもう他の地に行くことが考えられなくなった。大人はなんと発想が狭いのだろう(息子も成人しているが)。こうやって無意識のうちに本来出来ることを面倒だからとか大変だからと決めつけて手をつけてきていないことがたくさんあるのかもしれない。90分の移動も覚悟を決めてしまえばどうということはない。日本三大鍾乳洞の一つに訪れる機会を遠ざけていたのは自分の心ひとつなのであった。
水面に閉ぢ込められてゐる金魚
金魚は水槽や金魚鉢の中にいるものを観賞して楽しむ。その水槽も地べたに置いては背びれしか見えないのである程度の高さがあるところに置くことになる。見たいのは金魚の横顔であり、鱗なのだ。水槽では金魚の泳ぎぶりも見えるが、側面に水と空気の境界線がくっきりと描かれていて水面の高さもよくわかる。
金魚たちは様々な深さを水平に泳ぎ、時折水面近くにも来る。しかし水面という境界線を越えることは決してない。飛び越えたところでまた水中に戻るだけのことだ。
掲句はその水面をより強烈に、「閉ぢ込め」ていると平面として把握している。そう表現されると水面がビニールで覆われているようで、水槽をただ見ただけでは伝わってこない恐ろしさが立ち現れる。
この金魚に自分の姿を重ねる読者は少なくないであろう。自由に生きているつもりでも天井は透明な何かに覆われている。そこから出て行ったら生きてはいけないし、出て行こうとも思わない。与えられた水の中で暮していくことが当然の世界。当事者の金魚にしてみたら幸も不幸もない。人間の尺度でいえば定期的に餌がもらえるだけ幸せなのかもしれない。「自由がなくて可哀想」という発想に到ることもある。かといって放流することが彼らにとって幸せであるとは限らない。自由って何?
幸不幸はいる場所によって見え方や感じ方が大きく異なる。泳ぎもせず水槽を見て、ああでもないこうでもないと論ずるよりは、どう見られていようと与えられた世界の中で生きていく方が泳いでいるだけマシなのではないかと思ったりもする。金魚とそれを見ている人間では、どちらが幸せなのだろうか。
この句集にはほかにも〈永遠に泳いで赤い金魚かな〉〈二丁目のどこにでもゐる金魚かな〉など金魚愛溢れる句が複数収められている。
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
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【吉田林檎のバックナンバー】
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】