手繰るてふ言葉も旨し走り蕎麦 益岡茱萸【季語=走り蕎麦(秋)】


手繰るてふ言葉も旨し走り蕎麦

益岡茱萸

 食べ物の種類や食事の形態によって「食べる」に相当する動詞を他の言葉に置き換えた方が美味しそうになることはよくある。俳句には一際洗練された言葉が多い。「熟柿吸ふ」などという表現に巡り会えるのは俳句を続けることで得られる贅沢のひとつ。黒葡萄もよく吸われる。熟柿、葡萄は秋の季語。葛湯(冬)は飲むものだが、俳句ではよく吹かれる。〈あはあはと吹けば片寄る葛湯かな 大野林火〉は大好きな一句。食欲を満たすためというよりは体を温めるために摂取するゆえか、葛湯は「飲む」より「吹く」の方が豊かな気持ちになる。夜食(秋)は食べても良いのだがやはり「夜食とる」の方が本来の役目に準じた表現だ。齧って素敵なのは林檎(秋)。

 日常使う表現での使い分けは「食べる」の言い換えが多いか。掻き込むというと急いで食事をとる様子が浮かぶ。その状況に似合うのは茶漬けだ。平らげるというと多めの食事を完食した感じがする。茶碗2杯以上。認(したた)めるも食事することを意味する。

手繰るてふ言葉も旨し走り蕎麦

 「そばをたぐる」という言い回しとは落語で出会った。初めて聞いた言葉だったが何を言っているのかは容易にわかった。俳句でもたまに見かける表現だが、やはり落語の中の世界か寄席帰りを思わせる。「手繰る」は広辞苑によると“両手を交互に使って手元へ引きよせる。かいぐる。”とのこと。用例に「糸を手繰る」がある。ちなみに「かいぐる」は「搔い繰る」で、手繰るという意味。イメージとしては細い紐状のものを引き寄せる行為のようだ。蕎麦の場合は両手を交互に使わずとも一気に吸い上げることで手繰ることを可能にしている。蕎麦そのものの動きが見える表現である。

同じ蕎麦なら食べる、啜る、ではなく手繰りたい。その方が蕎麦そのものへの愛着を感じるからだ。いただく際の言葉選びも調味料のうち。掲句は「手繰る」という言葉が蕎麦への気持ちを倍増させたのだ。

 もう1つ落語で知った言い回しに「弁当を使う」というのがある。広辞苑にも「弁当を使う」の用例は載っている。“それによって用を足すための動作をする”という解説。美味しくいただくというよりは腹を満たすという用事を済ませるようなニュアンスと思われる。同じ弁当でも「食べる」というと食事そのものを楽しむ気分が出る。

 蕎麦は手繰るのが最高だが、ラーメンはなぜか啜りたい。この違いはどこにあるのだろう。手繰るのは冷たい蕎麦のイメージだが、温かい蕎麦なら啜っている感じがする。ラーメンもそのイメージに近い。手繰るのは麺、啜るのはスープととらえるとすっきりする。

 こんな記事を深夜に書いていたらおにぎりでも頬張りたくなってきた。

『汽水』(2015年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


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