十薬の蕊高くわが荒野なり
飯島晴子
平成三年の作。晴子は七十歳。第六句集『儚々』に収められている。
十薬はドクダミとも言い、おそろしげな名前だが、薬草。葉は心臓の形をしていて悪臭を持つ。花弁にみえるのは、苞片で白くて十字形。それで十薬との名前が付いたと言いう。晴子が蕊と言っている真中にある棒状の黄色いものは、小花が密集したもの。十薬は地下茎を延ばして、日陰や湿った場所にはびこる。晴子の全句集に、十薬の句は、この句だけである。
近所の家の裏庭に、十薬が一面にびっしり咲いているのを見たことがある。むっとする何とも言えない匂いがして、まさに荒野のようだった。
荒野は晴子の心象風景だろう。
心の中の荒野は誰にでもあるが、晴子はその荒野を十薬のはびこった世界にした。そして、晴子自身も悪臭を放つ十薬になっている。けれど、それでも、凛と私は屹立する、という矜持が「十薬の蕊高く」に籠められている。
晴子の句の中で、私の一番好きな句だ。
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平成三年の一月九日に、晴子は脳動脈瘤の手術を受け、一九日に退院している。大きな手術だと思うのだが、『儚々』には、入院した、手術した、という句はみられない。そして夏になって、「山ほととぎすほしいまま」観劇二句、という句のすぐ後に、十薬のこの句が並んでいる。観劇の句は、次の二句である。
『山ほととぎすほしいまま』観劇二句
花衣閉ぢ込める釘打つ音す
袖口に扇子の風を入れる虚子
現実を生に詠わないのが、晴子の句なのだろう。
(松野苑子)
【執筆者プロフィール】
松野苑子(まつの・そのこ)
1947年生まれ。1974年長男誕生の年より作句。「好日」「坂」「鷹」を経て、現在「街」同人会長、俳人協会会員。第8回俳句朝日賞準賞受賞。第62回角川俳句賞受賞。句集に『誕生花』『真水(さみづ)』『遠き帆』。
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2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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