雨月なり後部座席に人眠らせ
榮 猿丸
9月10日は十五夜だった。
帰宅した娘としばらくベランダで月を眺めて、私は家に入ったのだけれど
娘は一度家に入ったあと、「やっぱりもう一度見てくる!」と月を見に戻ってしまった。
小学六年生、私とは別々の時間を生きているのだと
こんなことで実感したりする。
雨月なり後部座席に人眠らせ 榮 猿丸
作中の主体が小説の主人公のように立ち上がる作家といったら、個人的には断然この方。
雨でも満月の夜は少し華やいだ気持ちのする特別な日だ。
後部座席に眠るのは恋人や家族ではない誰か。
何人かで出かけた帰りだろうか、それとも職場の同僚や後輩を送っているのだろうか。
そういった物語がなんとなく想像できて楽しい。
そして、私の好きな俳句の条件は作中主体が魅力的なこと。
この句の主体の魅力的なところは
後部座席に眠る人を見守る温かいまなざし。
この句の主人公は、送ってあげているのに眠ってしまった同僚(多分)に、
少しも腹をたてていないし、いつも頑張っているから疲れているんだな、とでも思ってくれていそうだ。
と考えるだけで少しわくわくする。
ベランダに名月を見るふうんと言ふ 榮 猿丸
ベランダで並んで見ているのだから、少し親しい関係なのだろう。
せっかくの名月に「ふうん」と素っ気ない目の前の人は
句集の前後から恋人だと思うのだが
この句だけを見たら、反抗期の娘と読めないこともない。
どちらにしても、この句の主人公が「ふうん」という目の前の人を少しも嫌だと思っていなさそうなところが、この句の好きなところ。
寝てしまっても、愛想が悪くても、温かく見守ってくれる主人公が登場する小説のように
句集を読んでいる。
少し季節がすすんでしまうけれど、この一句も。
ダウンジャケット継目に羽毛吹かれをり 榮 猿丸
ダウンジャケットの継ぎ目にたまに顔を出す羽毛。
誰もが見覚えのある風景に、あるある、という共感と
こんな瞬間を句にすることの驚きがある句だけれど、
「をり」がまた良い。
なんと、吹かれる羽毛のことまで見守ってくれている。
(田口茉於)
【執筆者プロフィール】
田口茉於(たぐち・まお)
1973年愛知県生まれ。1999年「若竹」入会。2003年「若竹俳句賞」新人賞受賞。2020年「村上鬼城賞」新人賞受賞。「若竹」同人、「風のサロン」編集委員。俳人協会幹事。句集に『はじまりの音』、先日第二句集『付箋』が出ました!
【田口茉於さんの気になる第二句集『付箋』(ふらんす堂、2022年)はこちら↓】
【榮猿丸さんの第一句集『点滅』はこちら】
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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