浅春の岸辺は龍の匂ひせる
対中いずみ
暦の上では春と言いながらまだまだ空気は冷たい。けれども、空の色や、木々に差す日の光り具合や、足下の芽吹きに春の兆しを見出すのが今頃。
そんな時期の岸辺に龍の匂いがするという。どんな匂いなのだろう。
芽吹き始めた草木の芳しさを霊獣に託したのだろうか。それとも、この「匂ひ」は比喩的な意味だろうか。龍は秋分に淵に潜み、春分に天に登るのだとか。そうだとすれば、淵から身を起こして天を目指すときを静かに待つ龍の気配を詠んだという解釈もあろう。麗らかな岸辺に龍の存在を感じるとは随分剣呑だと思うのだが、危険と官能とは背中合わせの関係であったりもして、この句は小刀のようなエロティシズムを秘めていると思う。
うら若き龍が氷雨を降らすこと
冬うらら龍の巻髭伸ばしたく
葉桜やさざなみは龍秘するごと
どこからが龍どこからが秋の水
わたくしの龍が呼ぶなり春の暮
龍絡むごとくに雲や後の月
句集『水瓶』は「花火師を乗せて夕波やや高く」、「蘆に節できかけてゐる朧かな」、「返り花見つけてくれし人に笑む」など、柔らかな抒情に裏打ちされつつもしっかりした写生句に彩られている。その中で、これらの龍を詠み込んだ句は異質だ。「葉桜や」や「後の月」の句では龍は比喩の役割を担っているけれど、その他の句においては季語と龍が混然一体となっている。もしかしたら、龍は作者にとって俳句そのもの、或いは俳句という神の使いなのかもしれない。
明日晴れたら近所の池へ私も私の龍を探しに行こう。
(『水瓶』ふらんす堂 2018年より)
(太田うさぎ)
【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』。
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】