顔を見て出席を取る震災忌 寺澤始【季語=震災忌(秋)】


顔を見て出席を取る震災忌

寺澤始

震災忌の震災は大正12年9月1日に起こった関東大震災のこと。

歳時記でこの日のことを「記念して」と解説がついたり「震災記念日」と立項されていることに違和感があった。「記念」は広辞苑では

“後々の思い出に残しておくこと。また、そのもの。かたみ。おもいで。”

日本国語大辞典では

“①後日の思い出として残しておくこと。特別なもの、事柄、日などとして認めること。また、そのもの。思い出。かたみ。”

“②忘れずに心にとどめておくこと。また、その物事。記憶。”

“③過去のできごとに思いをいたし行事を行なうこと。またその行事。”

とある。

今では「記念」、特に「○○記念日」というと喜ばしい思い出の意味合いが強いのだが季語の含みとしては②③の意味も併せてとるべきなのだろうか。NHKで8月15日のことを「終戦記念日」ではなく「終戦の日」と言うのは上記の理由によるようである。

顔を見て出席を取る震災忌

9月1日は震災忌であると同時に夏休み明けでもある。作者の職業が教師であることを考えるとそこを無視して鑑賞することはできない。登校を困難に思う生徒もいるだろう。真っ黒に日焼けした子、痩せた子、背が伸びた子、大人っぽい顔つきになった子。生徒にとってのひと夏は大きく変化しているはずである。

人の顔をまじまじと見ることは日常ためらわれることが多いが、教師にとってそうやって顔を一人一人確かめる時間は特別なものであるに違いない。

この句は2017年から2019年の間に作られた。東日本大震災を経験して以来、休み明けも無事に登校してきた生徒達の顔を見るありがたさを噛みしめて年月を重ねてきたことがうかがわれる。

東日本大震災も阪神大震災も季語となっているが、9月1日の震災忌だけに“防災の意識を喚起する日となっている”との記載がある(角川書店編「俳句歳時記」)。「防災の日」にも認定されている9月1日が近づくと学校や職場で防災訓練が実施される。マスコミでも防災特集。緊急避難用品の消耗品(ラジオや懐中電灯の乾電池や水、食品など)は毎年この日に確認すると良い目安になる。

出さなくて良い被害者を出さないよう備えることも落命された方々を悼む心のうちなのではないだろうか。

『夜汽車』(2019年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
>>〔115〕赤とんぼじっとしたまま明日どうする 渥美清
>>〔114〕東京の空の明るき星祭 森瑞穂
>>〔113〕ねむりても旅の花火の胸にひらく 大野林火
>>〔112〕口笛を吹いて晩夏の雲を呼ぶ 乾佐伎
>>〔111〕葛切を食べて賢くなりしかな 今井杏太郎
>>〔110〕昼寝よりさめて寝ている者を見る 鈴木六林男
>>〔109〕クリームパンにクリームぎつしり雲の峰 江渡華子
>>〔108〕少年の雨の匂ひやかぶと虫 石寒太
>>〔107〕白玉やバンド解散しても会ふ 黒岩徳将
>>〔106〕樹も草もしづかにて梅雨はじまりぬ 日野草城
>>〔105〕鳥不意に人語を発す更衣 有馬朗人
>>〔104〕身支度は誰より早く旅涼し 阪西敦子
>>〔103〕しろがねの盆の無限に夏館 小山玄紀
>>〔102〕泉に手浸し言葉の湧くを待つ 大串章
>>〔101〕メロン食ふたちまち湖を作りつつ 鈴木総史
>>〔100〕再縁といへど目出度し桜鯛 麻葉


>>〔99〕土のこと水のこと聞き苗を買ふ 渡部有紀子
>>〔98〕大空へ解き放たれし燕かな 前北かおる
>>〔97〕花散るや金輪際のそこひまで 池田瑠那
>>〔96〕さくら仰ぎて雨男雨女 山上樹実雄
>>〔95〕春雷の一喝父の忌なりけり 太田壽子
>>〔94〕あり余る有給休暇鳥の恋 広渡敬雄
>>〔93〕嚙み合はぬ鞄のチャック鳥曇 山田牧
>>〔92〕卒業歌ぴたりと止みて後は風 岩田由美
>>〔91〕鷹鳩と化して大いに恋をせよ 仙田洋子
>>〔90〕三椏の花三三が九三三が九 稲畑汀子
>>〔89〕順番に死ぬわけでなし春二番 山崎聰
>>〔88〕冴返るまだ粗玉の詩句抱き 上田五千石
>>〔87〕節分や海の町には海の鬼 矢島渚男
>>〔86〕手袋に切符一人に戻りたる 浅川芳直
>>〔85〕マフラーを巻いてやる少し絞めてやる 柴田佐知子
>>〔84〕降る雪や玉のごとくにランプ拭く 飯田蛇笏
>>〔83〕ラヂオさへ黙せり寒の曇り日を 日野草城
>>〔82〕数へ日の残り日二日のみとなる 右城暮石
>>〔81〕風邪を引くいのちありしと思ふかな 後藤夜半
>>〔80〕破門状書いて破れば時雨かな 詠み人知らず


>>〔79〕日記買ふよく働いて肥満して 西川火尖
>>〔78〕しかと押し朱肉あかあか冬日和 中村ひろ子(かりん)
>>〔77〕命より一日大事冬日和 正木ゆう子
>>〔76〕冬の水突つつく指を映しけり 千葉皓史
>>〔75〕花八つ手鍵かけしより夜の家 友岡子郷
>>〔74〕蓑虫の蓑脱いでゐる日曜日 涼野海音
>>〔73〕貝殻の内側光る秋思かな 山西雅子
>>〔72〕啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々 水原秋櫻子
>>〔71〕天高し鞄に辞書のかたくある 越智友亮
>>〔70〕また次の薪を火が抱き星月夜 吉田哲二
>>〔69〕「十六夜ネ」といった女と別れけり 永六輔
>>〔68〕手繰るてふ言葉も旨し走り蕎麦 益岡茱萸
>>〔67〕敬老の日のどの席に座らうか 吉田松籟
>>〔66〕秋鯖や上司罵るために酔ふ 草間時彦
>>〔65〕さわやかにおのが濁りをぬけし鯉 皆吉爽雨
>>〔64〕いちじくはジャムにあなたは元カレに 塩見恵介
>>〔63〕はるかよりはるかへ蜩のひびく 夏井いつき
>>〔62〕寝室にねむりの匂ひ稲の花  鈴木光影
>>〔61〕おほぞらを剝ぎ落したる夕立かな 櫛部天思
>>〔60〕水面に閉ぢ込められてゐる金魚 茅根知子
>>〔59〕腕まくりして女房のかき氷 柳家小三治
>>〔58〕観音か聖母か岬の南風に立ち 橋本榮治
>>〔57〕ふところに四万六千日の風  深見けん二
>>〔56〕祭笛吹くとき男佳かりける   橋本多佳子
>>〔55〕昼顔もパンタグラフも閉ぢにけり 伊藤麻美
>>〔54〕水中に風を起せる泉かな    小林貴子
>>〔53〕雷をおそれぬ者はおろかなり    良寛
>>〔52〕子燕のこぼれむばかりこぼれざる 小澤實
>>〔51〕紫陽花剪るなほ美しきものあらば剪る 津田清子
>>〔50〕青葉冷え出土の壺が山雨呼ぶ   河野南畦

関連記事