蓑虫の蓑脱いでゐる日曜日 涼野海音【季語=蓑虫(秋)】


蓑虫の蓑脱いでゐる日曜日

涼野海音

 この記事を書いているのはハロウィーン直前。10月31日を待たず街は仮装した人たちで溢れかえっている。昨年の梨泰院での事故のショックからか、今年は「渋谷はハロウィーン会場ではありません」というメッセージと共に渋谷に来ないよう呼びかけがあった。実際付近は厳戒態勢。JR渋谷駅のハチ公口は閉鎖され、ハチ公像も封鎖された。スクランブル交差点には警官が貼りついて歩行者を誘導していた。

 仮装している人にインタビューしているYouTubeチャンネルがあったが、それを見る限りしっかり仮装をしているのは外国からの旅行者や留学生が多かった。日本人で仮装していた人が別のニュースチャンネルに取り上げられていたが、そちらは終了後ゴミ拾いをしていた人、「人が少ないから仮装が恥ずかしくなってきた」という人など。

 こうした映像は一面しか切り取っていないのかもしれないが、少なくとも「渋谷に来ないで」のメッセージが伝わった人には少なからぬ影響が及んでいるようだ。そんな折、この句に再会した。

蓑虫の蓑脱いでゐる日曜日

 がちがちの蓑をまとった蓑虫、実は堅苦しくてたまには脱ぎたいと思っていた。今日は日曜日だし、脱いでしまうか!という句だと最初は読んでいた。

しかしよくよく調べてみると蓑虫は自分からは決して蓑を脱ぐことがないという。雄はサナギを経てミノガの成虫になり、雌は蓑から出ることなく蓑の中で卵を生む。

 その事実を踏まえると、掲句はたちまち様相を変える。「蓑虫蓑を脱ぐ」という空想的な季語があってもよさそうだ。決して脱ぐことのない蓑までも脱いでしまうような、のんびりした一日が思われる。実際には脱いでいないのに何かから解放されたような感覚を受け取ったとも考えても良いだろう。「日曜日」がそれを示している。

 脱いでしまうという場面を想定すると、蓑を仮装に見立てたくなってくる。着ぐるみを脱ぐように蓑を脱ぐ姿はゆったりとしていて日曜日が似つかわしい。日曜日が休日でないでない人は少なくないが、休日の象徴として受け取っても問題はないと思われる。

 仮装しているのはミノガの幼虫か、蓑か。

 人間界においては仮装となると衣装等の準備が必要だが、アバターであればその心配がない。仮想空間を生きる自分を作ってみた時一番悩んだのは「どんな見た目になりたいのか?」ということだった。自分の顔や服装を何の制限もなく選ぶ状況になってみると、特にこういう外見になりたいというものを持っていないことに気づく。もっと気にして仮装した方が人生は楽しい?

 『一番線』(2014年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


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