思ひ沈む父や端居のいつまでも
石島雉子郎
(管理人から)フランスの三十七度か何かを、「へー」なんて聞いていたら、東京もあっという間に梅雨明けして、同じような気温でさらには高湿な数日がやってきましたよ。折しも、この暑さの始まった頃に、来週のラグビー日本代表との対戦のために、すでに日本入りしているラグビーフランス代表の選手が、日本の天気は厳しいっていうんだから、きっと間違いないでしょう。
引越間近な管理人にとっては気の毒なお知らせに。
さて、鹿郎の次はといえば…そう、雉子郎。たまたまペラペラめくっていて見つけたのですが、それにしてもそんなにあるものなんですね、生きもの+郎。
思ひ沈む父や端居のいつまでも
ところが雉子郎、あんまり夏の句が得意ではない模様。なにしろ、字余りが多い多い。もちろん、字余りは、専売特許とばかりに私を含めたホトトギスの句に横溢していて、ここでおなじみの千原草之なども、そんな鷹揚な字余りの使い手のひとりなのだけれど、雉子郎の字余りはそれともまた違う。ここのところは、「うまい字余りは許容」なる風潮があるけれど、なかなかどうして、これだけ暑いと、あんまりうまくない字余りも、またいいんじゃないかという気がしてくる。
この句の字余りは上の句、「字余り安全協会」の推奨位置にある。中の句にある「父」にかかる「思い沈む」が6音。ただ、置き換えができないというわけでもなく(「沈みたる」「沈みゐる」「もの思ふ」でも十分)、この言葉のチョイスが全体を定めると言うわけでもない(「いつまでも」でずいぶんいろいろの様子は知れる)。
なのだけれど、何なのだろう。例えばこれに続く、より俳句らしいリズムと展開を持った句〈父に似し兄ぞと思う端居かな〉よりも、ずっとずっと気になってしまう。なぜ字余りか、なぜこの句切れか、なぜ「いつまでも」を加えたか。
きっと深い理由はないのだろうけれど(いや、あったらごめんよ、雉子郎)、理由を求める人がまっさきに整えてしまいそうなあやうさに、全く手を加えず見せてくれる雉子郎の句の「こわさ」みたいなものが、だんだんと好きになってくるから不思議だ。
雉子郎譲りの「狂ったものをそのまま受け流す力」でもって、何とかこの週末を乗り切りたいものですよ。
『ホトトギス同人句集』(1938年)
(阪西敦子)
【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
【阪西敦子のバックナンバー】
>>〔91〕麦藁を束ねる足をあてにけり 奈良鹿郎
>>〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな 京極杞陽
>>〔89〕船室の梅雨の鏡にうつし見る 日原方舟
>>〔88〕さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり 千原草之
>>〔87〕おやすみ
>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな 久保より江
>>〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな 石田雨圃子
>>〔84〕白牡丹四五日そして雨どつと 高田風人子
>>〔83〕春暁のカーテンひくと人たてり 久保ゐの吉
>>〔82〕かゝる世もありと暮しぬ春炬燵 松尾いはほ
>>〔81〕纐纈の大座布団や春の宵 真下喜太郎
>>〔80〕先生はいつもはるかや虚子忌来る 深見けん二
>>〔79〕夜着いて花の噂やさくら餅 關 圭草
>>〔78〕花の幹に押しつけて居る喧嘩かな 田村木國
>>〔77〕お障子の人見硝子や涅槃寺 河野静雲
>>〔76〕東京に居るとの噂冴え返る 佐藤漾人
>>〔75〕落椿とはとつぜんに華やげる 稲畑汀子
>>〔74〕見てゐたる春のともしびゆらぎけり 池内たけし
>>〔73〕諸事情により、おやすみ
>>〔72〕春雪の一日が長し夜に逢ふ 山田弘子
>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫 藤田春梢女
>>〔70〕よき椅子にもたれて話す冬籠 池内たけし
>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松 大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ 三木
>>〔67〕絵杉戸を転び止まりの手鞠かな 山崎楽堂
>>〔66〕年を以て巨人としたり歩み去る 高浜虚子
>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ 深見けん二
>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな 片岡奈王
>>〔63〕茎石に煤をもれ来る霰かな 山本村家
>>〔62〕山茶花の日々の落花を霜に掃く 瀧本水鳴
>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影 浅野白山
>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも 京極杞陽
>>〔59〕一陣の温き風あり返り花 小松月尚
>>〔58〕くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな 皿井旭川
>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ 清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜 成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり 山本駄々子
>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠 齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に 高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸 後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻 歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり 永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり 田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく 成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫 川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り 千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり 千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて 千原草之
>>〔42〕ビール買ふ紙幣をにぎりて人かぞへ 京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず 後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ 久保ゐの吉
>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり 赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき 後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜 飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵 岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵 本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく 上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し 上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ 越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り 星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ 伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ 今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間 藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中 後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜 深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー 下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く 千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ 森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く 今井つる女
>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話 田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより 深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ 京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造 西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方 福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他 中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの 高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら 野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな 山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る 岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市 松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て 小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に 山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜 中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す 柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨 成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー 千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月 松藤夏山
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】