ハイクノミカタ

雪が降る千人針をご存じか 堀之内千代【季語=雪(冬)】


が降る千人針をご存じか)

堀之内千代
『堀之内千代句集 百歳の計』2015年6月

堀之内千代さんは私が所属している「野火」同人。1924年(大正13年)2月生まれ、87歳で俳句を始め、91歳で句集を上梓。

千人針は、千人の女性が一枚の布に赤い糸で一針一針千の縫玉を作り、武運を祈ったもの。日清・日露戦争の頃に始まり、第二次世界大戦中盛んに行われていたとのこと。出征兵の腹巻にすると弾丸よけになると言われており、「虎は千里を行って千里かえる」という言い伝えから最初は寅年生まれの女性が行っていたらしい。存在は知っていたが、実物は博物館で目にしたくらいである。

当然だが、実際に弾丸よけの効果はない。願い虚しくたくさんの尊い命が奪われた。

千代さんは、実際に千人針に参加されたのかも知れない。結社の句会や鍛錬会でお会いすることはあったのだが、戦争のことを聞くのはやはり躊躇いがあった。残念なことに、伺う機会はもう訪れない。

雪が降る千人針をご存じか

雪の白さと、千人針の縫玉の赤が悲しく響き合う。赤は血の色、命の色だ。

月並みな言い方だが、句集はその人の生きた証でもある。

雪を掻く生きてる事のたのしさよ

しあはせな年を過ごせり除夜の鐘

ごまめ噛む大正昭和平成と

体重計いやなところを指す三日

冬牡丹百歳の計立てて居り

俳縁という言葉があるが、口にするには少し照れくさい。しかし、俳句をやっていたからこそ、こうして幅広い世代の方とつながることができた。私の財産である。

句集に収められている千代さんの作品。

(近江文代)


【文代さんも参加する「猫街」の三宅やよいさんが登場するラジオ・ポクリットはこちら↓】


【執筆者プロフィール】
近江文代(おうみ・ふみよ)
1967年埼玉県生まれ。「野火」「猫街」同人。元「船団」会員。現代俳句協会会員。
趣味は筋トレ、スキー、山歩き、宝塚観劇(時々ムラに遠征)。最近マラソンにはまりつつある。2023年には第一句集を出す予定(未定)。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2022年11月の火曜日☆赤松佑紀のバックナンバー】

>>〔1〕氷上と氷中同じ木のたましひ 板倉ケンタ
>>〔2〕凍港や旧露の街はありとのみ 山口誓子
>>〔3〕境内のぬかるみ神の発ちしあと 八染藍子
>>〔4〕舌荒れてをり猟銃に油差す 小澤實

【2022年11月の水曜日☆近江文代のバックナンバー】

>>〔1〕泣きながら白鳥打てば雪がふる 松下カロ
>>〔2〕牡蠣フライ女の腹にて爆発する 大畑等
>>〔3〕誕生日の切符も自動改札に飲まれる 岡田幸生

【2022年10月の火曜日☆太田うさぎ(復活!)のバックナンバー】

>>〔92〕老僧の忘れかけたる茸の城 小林衹郊
>>〔93〕輝きてビラ秋空にまだ高し  西澤春雪
>>〔94〕懐石の芋の葉にのり衣被    平林春子
>>〔95〕ひよんの実や昨日と違ふ風を見て   高橋安芸

【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】

>>〔5〕運動会静かな廊下歩きをり  岡田由季
>>〔6〕後の月瑞穂の国の夜なりけり 村上鬼城
>>〔7〕秋冷やチーズに皮膚のやうなもの 小野あらた
>>〔8〕逢えぬなら思いぬ草紅葉にしゃがみ 池田澄子

【2022年9月の火曜日☆岡野泰輔のバックナンバー】

>>〔1〕帰るかな現金を白桃にして    原ゆき
>>〔2〕ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ なかはられいこ
>>〔3〕サフランもつて迅い太子についてゆく 飯島晴子
>>〔4〕琴墜ちてくる秋天をくらりくらり  金原まさ子

【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】

>>〔1〕九月来る鏡の中の無音の樹   津川絵理子
>>〔2〕雨月なり後部座席に人眠らせ    榮猿丸
>>〔3〕秋思かがやくストローを嚙みながら 小川楓子
>>〔4〕いちじくを食べた子供の匂ひとか  鴇田智哉

【2022年6月の火曜日☆杉原祐之のバックナンバー】

>>〔1〕仔馬にも少し荷を付け時鳥    橋本鶏二
>>〔2〕ほととぎす孝君零君ききたまへ  京極杞陽
>>〔3〕いちまいの水田になりて暮れのこり 長谷川素逝
>>〔4〕雲の峰ぬつと東京駅の上     鈴木花蓑

【2022年6月の水曜日☆松野苑子のバックナンバー】

>>〔1〕でで虫の繰り出す肉に後れをとる 飯島晴子
>>〔2〕襖しめて空蟬を吹きくらすかな  飯島晴子
>>〔3〕螢とび疑ひぶかき親の箸     飯島晴子
>>〔4〕十薬の蕊高くわが荒野なり    飯島晴子
>>〔5〕丹田に力を入れて浮いて来い   飯島晴子

【2022年5月の火曜日☆沼尾將之のバックナンバー】

>>〔1〕田螺容れるほどに洗面器が古りし 加倉井秋を
>>〔2〕桐咲ける景色にいつも沼を感ず  加倉井秋を
>>〔3〕葉桜の夜へ手を出すための窓   加倉井秋を
>>〔4〕新綠を描くみどりをまぜてゐる  加倉井秋を
>>〔5〕美校生として征く額の花咲きぬ  加倉井秋を

【2022年5月の水曜日☆木田智美のバックナンバー】

>>〔1〕きりんの子かゞやく草を喰む五月  杉山久子
>>〔2〕甘き花呑みて緋鯉となりしかな   坊城俊樹
>>〔3〕ジェラートを売る青年の空腹よ   安里琉太
>>〔4〕いちごジャム塗れとおもちゃの剣で脅す 神野紗希

【2022年4月の火曜日☆九堂夜想のバックナンバー】

>>〔1〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔2〕未生以前の石笛までも刎ねる    小野初江
>>〔3〕水鳥の和音に還る手毬唄      吉村毬子
>>〔4〕星老いる日の大蛤を生みぬ     三枝桂子

【2022年4月の水曜日☆大西朋のバックナンバー】

>>〔1〕大利根にほどけそめたる春の雲   安東次男
>>〔2〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア  豊口陽子
>>〔3〕田に人のゐるやすらぎに春の雲  宇佐美魚目
>>〔4〕鶯や米原の町濡れやすく     加藤喜代子

【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】

>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸   正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ  正岡子規
>>〔3〕春や昔十五万石の城下哉      正岡子規
>>〔4〕蛤の吐いたやうなる港かな     正岡子規
>>〔5〕おとつさんこんなに花がちつてるよ 正岡子規

【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】

>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる    野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥
>>〔3〕春天の塔上翼なき人等      野見山朱鳥
>>〔4〕春星や言葉の棘はぬけがたし   野見山朱鳥
>>〔5〕春愁は人なき都会魚なき海    野見山朱鳥

【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】

>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが  髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた    福田若之
>>〔3〕片蔭の死角から攻め落としけり   兒玉鈴音
>>〔4〕おそろしき一直線の彼方かな     畠山弘

【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】

>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり      石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養    石田波郷
>>〔3〕ひざにゐて猫涅槃図に間に合はず  有馬朗人
>>〔4〕仕る手に笛もなし古雛      松本たかし

【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司
>>〔4〕嗚呼これは温室独特の匂ひ      田口武

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手    木下夕爾

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

【2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 鬼灯市雷門で落合うて 田中松陽子【季語=鬼灯市(夏)】
  2. でで虫の繰り出す肉に後れをとる 飯島晴子【季語=でで虫(夏)】…
  3. 早春や松のぼりゆくよその猫 藤田春梢女【季語=早春(春)】
  4. 鹿や鶏の切紙下げる思案かな 飯島晴子
  5. 誰かまた銀河に溺るる一悲鳴 河原枇杷男【季語=銀河(秋)】
  6. つちふるや自動音声あかるくて 神楽坂リンダ【季語=霾(春)】
  7. みちのくに戀ゆゑ細る瀧もがな 筑紫磐井【季語=滝(夏)】
  8. 春宵や光り輝く菓子の塔 川端茅舎【季語=春宵(春)】

おすすめ記事

  1. 神保町に銀漢亭があったころ【第96回】中島憲武
  2. 【冬の季語】鮟鱇
  3. 露草を持つて銀行に入つてゆく 飯島晴子【季語=露草(秋)】
  4. パンクスに両親のゐる春炬燵 五十嵐筝曲【季語=春炬燵(春)】
  5. 露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな 攝津幸彦【季語=金魚(夏)】
  6. 【春の季語】夜桜
  7. 澤龜の萬歳見せう御國ぶり 正岡子規【季語=萬歳(新年)】
  8. 北寄貝桶ゆすぶつて見せにけり 平川靖子【季語=北寄貝(冬)】 
  9. 【セクト・ポクリット読者限定】『神保町に銀漢亭があったころ』注文フォーム【送料無料】
  10. 【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#11

Pickup記事

  1. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【番外ー1】 網走と臼田亞浪
  2. 【春の季語】木の根明く
  3. 【春の季語】恋猫
  4. 【冬の季語】枯芝
  5. 逢えぬなら思いぬ草紅葉にしゃがみ 池田澄子【季語=草紅葉(秋)】
  6. 五十なほ待つ心あり髪洗ふ 大石悦子【季語=髪洗ふ(夏)】
  7. どこからが恋どこまでが冬の空 黛まどか【季語=冬の空(冬)】
  8. 電車いままつしぐらなり桐の花 星野立子【季語=桐の花(夏)】
  9. 倉田有希の「写真と俳句チャレンジ」【第8回】俳句甲子園と写真と俳句
  10. 神保町に銀漢亭があったころ【第33回】馬場龍吉
PAGE TOP