ハイクノミカタ

まどごしに與へ去りたる螢かな 久保より江【季語=蛍(夏)】


まどごしに與へ去りたる螢かな

久保より江(くぼ・よりえ)


寒暖の差とは、春先に使われる言葉で、立夏からもう2週間も経とうとしている東京にはうむむむむむ…。今週後半は20度後半だった気温も、日曜にはまた20度を切るそうだ。気温が上がらないなら上がらないで、じんわり行ってよ、じんわり。

まどごしに與へ去りたる螢かな

じんわりといえば螢。数年前までこの時期は、じんわりと上がっていく気温を感じながら、螢を楽しみにしていた。

そのじんわりさが人を引き付ける螢、さらにそれが窓から出ていく。行き先がまたアレで、「與」という。「與」は、またややこしい文字で、「与」として用いられることがありながら、「輿(こし)」としても用いられることがあるそうだ。

前者であれば、それは「与え」と読み、窓越しに何かを与え(例えば陰影、じんわりなど)去ると読めるけれど、ここではなんとなく後者の「輿」ではないかと、じんわりと思う。というのも、久保より江の句は、いついかなるやわらかなときも、言葉と意味の間で胡麻化したりすることがないからだ。きっちり具象。

久保より江は、「よしのいぼきゅー」こと久保ゐの吉の妻。夫を上回るじんわり加減で、その名を馳せてきた(かどうかは、よくわからない)けれど、その措辞の点で言えば、より江にも、ゐ保久、ならぬゐの吉にも曖昧さはほとんどない。

それでも二人の間に横たわる柔らかさの質の違いは、一体どこから出るものだろう。

膝を下りて猫もほりする端居かな     ゐの吉

猫の子のもらはれて行く袂かな        より江

猫の眼に海の色ある小春かな

柔らかに描いて硬く表し、硬く描いて柔らかに現れる。

ちょっと気温は下がるけれど、まあまあほんわかした週末になりますように。

『ホトトギス同人句集』(1938年)

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】

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>>〔84〕白牡丹四五日そして雨どつと    高田風人子
>>〔83〕春暁のカーテンひくと人たてり   久保ゐの吉
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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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