名ばかりの垣雲雀野を隔てたり
橋閒石
(『橋閒石全句集』)
第一句集『雪』(昭和26年5月刊)所収。句意の理解については、特に説明の必要のない内容かと思う。住環境に対する現代人の欲望はいろいろ違っているだろうけれど、昔の日本家屋における垣根は、家の内と外との境界を示す役割をするものの、竹や木を組み合わせた柵や植木を使って設けられ、充分に目線を遮るということもなく、まして侵入者を防ぐ役割はほぼなく、ほとんど象徴的な意味しかもたないものであった。そうでなければ、「垣間見」なんて言葉が生まれるはずもない。しかし、掲句ではわざわざそれを「名ばかり」というのだから、本当に簡素なものだったのであろうと思われる。この句で大事なことは、そんな「名ばかりの垣」という措辞のおかげで、雲雀野とシームレスな眺めがそこにあるということが想像されるところだろう。家の垣の先に春野が広がる家なんて、今やそうはお目にかかることはできまい。家の庭も芝草の類が植わっていたならば、インフィニティプールならぬ、インフィニティグラスフィールドという趣である。「隔てたり」と表現しながら、それが接続を示す面白さがそこにはある。
今から十年ばかり前まで住んでいたアパートは少し高台にあって、玄関の正面が道路を隔てて緩やかな傾斜地になっており、そのあたり一面がすべて宅地造成地だった。家数件分の区画の間に道路が通してはあったが、長く空き地の状態のままで、家が建ち始める前は毎年春になるとそこに雲雀が上がっていた。家の前から雲雀が上がる気分というのはなかなかいいもので、家持のような悲しいもの思いにふけることはなかったが、どんどん家が建って雲雀が上がらなくなると寂しくなった。高度成長期の日本ではあちらこちらそんなことがしょっちゅう起こっていたのだろう。それ以前と以後の断絶は変化した後の人間には意識されなくなってしまう。閒石の句は、霧消したはるか昔の日本の郊外の風景を伝えている、と言えるかも知れない。
(橋本直)
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【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。
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