ハイクノミカタ

また次の薪を火が抱き星月夜 吉田哲二【季語=星月夜(秋)】


また次の薪を火が抱き星月夜

吉田哲二

 嬉しいか、絶対に嫌か。サプライズは好みが大きく分かれる。程度にもよるだろう。フラッシュモブを苦手とする人は多そうだが、好きな人であれば大いに喜んでもらえる。その見極めこそがプレゼントを選ぶセンスである。このセンスは何を贈るかについてどれだけ悩んできたかの蓄積で磨かれていく。日頃ものを贈らない人はいざという時相談相手にならない。金券よりもリボンつきのプレゼントを嬉しく思うのは相手がそれを選ぶ時間、自分を思ってくれた時間を感じ取るからだ。その時間を積み重ねてきた人は受け取った時にもその場で包みを開けるなどして喜びを伝えることができる。

 サプライズ苦手派の人でも日常の小さな驚きまでは嫌っていないのではないだろうか。それはサプライズという認識すらないかもしれない。平凡なモンブランだと思って食べていたら中に栗がもう一つ入っていたような。握手を求めたらハグしてもらったような。狭そうな店だと思って入ったら奥に庭があったような。

 そんな喜びは日常にいくらでもあるが、それを喜びとして記憶しておける人はそれほど多くない。私はそんなエピソードを引き出しにたくさんしまっておいて最高のタイミングで取り出す技術を身につけていきたい。

また次の薪を火が抱き星月夜

 中七までは薪と火しか見えてこないのだが、下五で一気にキャンプの夜の世界が広がる。キャンプファイヤーというよりは、食事も終わって焚火を眺めるようなゆったりとした時間を思う。天を仰げば星月夜。月は出ていても新月ほどで肉眼では観測できない。火を長時間眺めていると光に鈍感になるので星月夜を堪能する時間もたっぷりとっているのがわかる。なんという贅沢!

 子育ての句を句集に多数収めている作者はこの句も息子さん達とのキャンプで詠んだものと思われる。火は親、薪は子どものようである。父の熱を息子たちにじっくりと伝える時間なのだ。それらを囲む星月夜の世界は美しく大きい。月よりも星を楽しむべく目を慣らすには長時間夜空を仰ぎ続けることが必要だ。キャンプはその時間を十分確保できる。

 下五に季語が登場して一気に空気が変わるこの句の構造は私にとっては小さなサプライズであった。下五で気を抜くなとはよく注意されるが、この句についていえば下五の展開が大いなる満足感をもたらしてくれる。小さいプレゼントだなと思ったら実はとんでもなく大きかったのだ。

 そうだ、俳句にもサプライズが大事なのだ。何をどう仕込むか。「発想を飛ばす」という言い回しは正直あまり好きでないしアプローチとしても賛同できないのだが、サプライズを仕込むつもりでいればもっと楽しく作ることができそうである。

『髪刈る椅子』(2023年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
>>〔69〕「十六夜ネ」といった女と別れけり 永六輔
>>〔68〕手繰るてふ言葉も旨し走り蕎麦 益岡茱萸
>>〔67〕敬老の日のどの席に座らうか 吉田松籟
>>〔66〕秋鯖や上司罵るために酔ふ 草間時彦
>>〔65〕さわやかにおのが濁りをぬけし鯉 皆吉爽雨
>>〔64〕いちじくはジャムにあなたは元カレに 塩見恵介
>>〔63〕はるかよりはるかへ蜩のひびく 夏井いつき
>>〔62〕寝室にねむりの匂ひ稲の花  鈴木光影
>>〔61〕おほぞらを剝ぎ落したる夕立かな 櫛部天思
>>〔60〕水面に閉ぢ込められてゐる金魚 茅根知子
>>〔59〕腕まくりして女房のかき氷 柳家小三治
>>〔58〕観音か聖母か岬の南風に立ち 橋本榮治
>>〔57〕ふところに四万六千日の風  深見けん二
>>〔56〕祭笛吹くとき男佳かりける   橋本多佳子
>>〔55〕昼顔もパンタグラフも閉ぢにけり 伊藤麻美
>>〔54〕水中に風を起せる泉かな    小林貴子
>>〔53〕雷をおそれぬ者はおろかなり    良寛
>>〔52〕子燕のこぼれむばかりこぼれざる 小澤實
>>〔51〕紫陽花剪るなほ美しきものあらば剪る 津田清子
>>〔50〕青葉冷え出土の壺が山雨呼ぶ   河野南畦
>>〔49〕しばらくは箒目に蟻したがへり  本宮哲郎
>>〔48〕逢はぬ間に逢へなくなりぬ桐の花 中西夕紀
>>〔47〕春の言葉おぼえて体おもくなる  小田島渚
>>〔46〕つばめつばめ泥が好きなる燕かな 細見綾子
>>〔45〕鳴きし亀誰も聞いてはをらざりし 後藤比奈夫
>>〔44〕まだ固き教科書めくる桜かな  黒澤麻生子
>>〔43〕後輩のデートに出会ふ四月馬鹿  杉原祐之
>>〔42〕春の夜のエプロンをとるしぐさ哉 小沢昭一
>>〔41〕赤い椿白い椿と落ちにけり   河東碧梧桐
>>〔40〕結婚は夢の続きやひな祭り    夏目雅子
>>〔39〕ライターを囲ふ手のひら水温む  斉藤志歩
>>〔38〕薔薇の芽や温めておくティーカップ 大西朋
>>〔37〕男衆の聲弾み雪囲ひ解く    入船亭扇辰
>>〔36〕春立つと拭ふ地球儀みづいろに  山口青邨
>>〔35〕あまり寒く笑へば妻もわらふなり 石川桂郎
>>〔34〕冬ざれや父の時計を巻き戻し   井越芳子
>>〔33〕皹といふいたさうな言葉かな   富安風生
>>〔32〕虚仮の世に虚仮のかほ寄せ初句会  飴山實
>>〔31〕初島へ大つごもりの水脈を引く   星野椿
>>〔30〕禁断の木の実もつるす聖樹かな モーレンカンプふゆこ
>>〔29〕時雨るるや新幹線の長きかほ  津川絵理子
>>〔28〕冬ざれや石それぞれの面構へ   若井新一
>>〔27〕影ひとつくださいといふ雪女  恩田侑布子
>>〔26〕受賞者の一人マスクを外さざる  鶴岡加苗
>>〔25〕冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ  川崎展宏
>>〔24〕伊太利の毛布と聞けば寝つかれず 星野高士
>>〔23〕菊人形たましひのなき匂かな   渡辺水巴
>>〔22〕つぶやきの身に還りくる夜寒かな 須賀一惠
>>〔21〕ヨコハマへリバプールから渡り鳥 上野犀行
>>〔20〕遅れ着く小さな駅や天の川    髙田正子
>>〔19〕秋淋し人の声音のサキソホン    杉本零
>>〔18〕颱風の去つて玄界灘の月   中村吉右衛門
>>〔17〕秋灯の街忘るまじ忘るらむ    髙柳克弘
>>〔16〕寝そべつてゐる分高し秋の空   若杉朋哉
>>〔15〕一燈を消し名月に対しけり      林翔
>>〔14〕向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一
>>〔13〕膝枕ちと汗ばみし残暑かな     桂米朝
>>〔12〕山頂に流星触れたのだろうか  清家由香里
>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

>>〔10〕卓に組む十指もの言ふ夜の秋   岡本眸
>>〔9〕なく声の大いなるかな汗疹の児  高濱虚子
>>〔8〕瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏    堀本裕樹
>>〔7〕してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二
>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 白梅や粥の面てを裏切らむ 飯島晴子【季語=白梅(春)】
  2. だんだんと暮色の味となるビール 松本てふこ【季語=ビール(夏)】…
  3. 春満月そは大いなる糖衣錠 金子敦【季語=春満月(春)】
  4. ひまわりと俺たちなんだか美男子なり 谷佳紀【季語=ひまわり(夏)…
  5. 初島へ大つごもりの水脈を引く 星野椿【季語=大つごもり(冬)】
  6. 衣被我のみ古りし夫婦箸 西村和子【季語=衣被(秋)】
  7. よし切りや水車はゆるく廻りをり 高浜虚子【季語=葭切(夏)】
  8. 水仙や古鏡の如く花をかかぐ 松本たかし【季語=水仙(冬)】

おすすめ記事

  1. ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子【季語=ストーブ(冬)】
  2. 薄氷の吹かれて端の重なれる 深見けん二【季語=薄氷(冬)】
  3. 祭笛吹くとき男佳かりける 橋本多佳子【季語=祭笛(夏)】
  4. 【第2回】重慶便り/折勝家鴨
  5. 【新連載】「野崎海芋のたべる歳時記」 パン・デピス
  6. 【#26-1】愛媛県南予地方と宇和島の牛鬼(1)
  7. こんな本が出た【2021年2月刊行分】
  8. 【春の季語】春分
  9. 春の夢魚からもらふ首飾り 井上たま子【季語=春の夢(春)】
  10. 【新年の季語】左義長

Pickup記事

  1. 【第2回】ラジオ・ポクリット(ゲスト: 月野ぽぽなさん)
  2. 主よ人は木の髄を切る寒い朝 成田千空【季語=寒い(冬)】
  3. 「野崎海芋のたべる歳時記」牡蠣とほうれん草のガーリックソテー
  4. ライターを囲ふ手のひら水温む 斉藤志歩【季語=水温む(春)】
  5. 日が照つて厩出し前の草のいろ 鷲谷七菜子【季語=厩出し(春)】
  6. 純愛や十字十字の冬木立 対馬康子【季語=冬木立(冬)】
  7. 神保町に銀漢亭があったころ【第59回】鈴木節子
  8. 【第20回】新しい短歌をさがして/服部崇
  9. 廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥【季語=春日(春)】
  10. 神保町に銀漢亭があったころ【第122回】樫本由貴
PAGE TOP