白魚のさかなたること略しけり 中原道夫【季語=白魚(春)】


白魚のさかなたること略しけり

中原道夫

鮮やかなウィットである。白魚の、あの白い肌をじっくり思い浮かべてみてみれば、鱗はもちろん鰭や鰓も思い当たらず、確かに魚らしい特徴はことごとく略されているように思われる。描写というよりも述べた句であり、「けり」を用いた調べも手伝って、流れるように素早く読者にウィットを飲ませる。ウィットは、読者があれこれと理屈を捏ねくる隙を与えないように、素早く飲ませて膝を打たせた方が成功しやすいと教えられる句である。

小川軽舟はこの句について、『現代俳句の海図』(角川学芸出版・2008)の中で、「実を言うと、私はずっとこの〈白魚〉の句に納得がいかなかった。たしかに白魚は魚らしい特徴をいくつも省略しているが、魚であることだけは省略していない」と述べ、ただしかし「聴衆の喝采を浴びる鮮やかな言葉は、嘘でも言い切ってしまえば真実になる」とも書き、むしろそういうふうに騙されてみることで「その先に中原の本当に言いたかった白魚のあわれ」を見ることが出来ると、あえての選択をしてみる旨が書いてある。

師の能村登四郎は、中原道夫の第一句集『蕩児』(ふらんす堂・1994)の序文で、この句について、かつて句会で特選に採る際に浮かんだ二つの逡巡を挙げている。一つは、多くの俳句がある程度の型の中でそれに倣って作られる中で、この句はあまりにも類型を思わせるところがなく、そのあまりの類想のなさに躊躇いがあったということ。更にもう一つは、すべてが語りによってなされていることを挙げている。前者は当時におけるこの句の新鮮さを認識させる。後者は描写でなく言葉で表現しきった点が「道夫さんが今生きて呼吸している現代だと考えれば納得するのである」と続く。この「現代」というところをどう考えたものか、長く私は悩んでいる。

『蕩児』の序文は、作風の批評も大変キレているし、書き手の人柄もじんわりと伺えるし、それでまた噴出しやすそうな議論に対しては予め応え終えてあって露払がされてある。数ある序文の中でも名文に入るのではないかと思っている。

秋桜子の自分が書いたものをまとめた『句集の序文』(東京美術・1966)というのとは違って、古今の名序文を集めたアンソロジーというのが、今日あっても、単に人情的な云々を超えて、批評的な読み物として大変期待できるものかもしれないと思ったりする。

安里琉太



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【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


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