寒天煮るとろとろ細火鼠の眼 橋本多佳子【季語=寒天(冬)】


寒天煮るとろとろ細火鼠の眼

橋本多佳子
(『橋本多佳子全句集』)


角川ソフィア文庫から出た『橋本多佳子全句集』の巻末には季語別索引がついているのでありがたい。ぱらぱら索引を眺めていても「雪」の句が多いことにすぐ気づくことができる。代表句に「雪はげし抱かれて息のつまりしこと」が浮かぶ人も多いであろうこの俳人においては、まったく予想通りといえば予想通りということになるだろうか。ただ、「雪」の字が入っていれば全部載せている感じなので、厳密に冬の季語としての「雪」を見るためには、各ページを丁寧に当たらないといけない。

ひとまず雪の句を眺めてみようと思い、各ページを捲っていくと、雪の句だけではなく気づいたことがあった。橋本多佳子は連作で俳句を詠むにあたり、働く人をテーマとしているのが目に付くのだ。たとえば、ふらんす堂のHPの「髙柳克弘の現代俳句ノート」の冒頭も「わがために春潮深く海女ゆけり」で、おそらく金を払えば何かを潜って取ってくる海女を連作で詠んでいる。掲句も「八ッ嶽山麓夜久野に「寒天」造りを見る。雪野日に眩し」と前書きのある連作中の一句であり、つまり寒天工場を見学して句を詠んでいる。しかしこの句は、そう書かないといわゆる「台所俳句」のように読まれてしまう可能性も感じる。また、下五の「鼠の目」は、火の管理をしている人物の目を細めて火加減を見ている姿のようにも思われる。が、後に続く句が「家鼠を見て野鼠が走るや雪明り」とくるので、人間の目からの連想なのかと思いきや、本当に鼠を見て詠んだ連作だったのか、となる(一瞬「火鼠」のことも連想した)。そうすると、掲句のおもしろさは、厳寒の中の作業ながら、人間に火があるこころの緩みを感じる一方、そこで自然からの眼が生きている、ということになってくるか。更に言えば、実際に寒天の材料である天草を煮ているところにいた経験のある人はわかると思うが、長くそばに居るのが苦痛と感じるほど嫌なにおいがするはずだ。この句は、どうやらそのようなノイズを切り捨て、視覚の中の情報にフォーカスして一句を成立させている。こんな具合で、『橋本多佳子全句集』を使って連作の読み方についてあれこれ考えてみるのも面白いことかも知れない。

橋本直


【橋本直のバックナンバー】

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>>〔20〕ふゆの春卵をのぞくひかりかな    夏目成美
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>>〔17〕死なさじと肩つかまるゝ氷の下    寺田京子
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>>〔13〕柊を幸多かれと飾りけり       夏目漱石
>>〔12〕杖上げて枯野の雲を縦に裂く     西東三鬼
>>〔11〕波冴ゆる流木立たん立たんとす    山口草堂
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>>〔9〕水鳥の夕日に染まるとき鳴けり    林原耒井
>>〔8〕山茶花の弁流れ来る坂路かな     横光利一
>>〔7〕さて、どちらへ行かう風がふく     山頭火
>>〔6〕紅葉の色きはまりて風を絶つ     中川宋淵
>>〔5〕をぎはらにあした花咲きみな殺し   塚本邦雄
>>〔4〕ひっくゝりつっ立てば早案山子かな  高田蝶衣
>>〔3〕大いなる梵字のもつれ穴まどひ     竹中宏
>>〔2〕秋鰺の青流すほど水をかけ     長谷川秋子
>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風       正岡子規


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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