ハイクノミカタ

うららかや帽子の入る丸い箱 茅根知子【季語=うららか(春)】


うららかや帽子の入る丸い箱

茅根知子))


帽子を買った。

やむにやまれず、である。

行きつけの町内の美容院の人気が最近高まり、ひと月先まで予約が取れない。仕方がないので、予約状況ががら空きの店に行った。むさくるしい頭をすぐにでも何とかしたかったし、ちょっと切るだけなら大した差はなかろうと高を括ったのだった。

大した差であった。なんというか・・・凹をさかさまにしたようなヘアスタイルになってしまったのだ。いや、こんな髪型をスタイルと呼べるものか。私の注文が曖昧だったのかもしれないが、そこを汲み取るのがプロというものだろうに。予約が埋まらないのもなるほど、と納得してももう遅い。高を括った自分を呪いながら帽子を買いに行った、という次第。逆さ凹の頭を世間に晒したくない、というよりも自分の目に入れたくなかったのだ。帽子が似合うか似合わないかは二の次である。

あれから一週間、髪は僅かに伸びたようだけれど、やはり落ち着かない。暫くこの帽子のお世話にならねばなるまい。

という訳で、お世話になる帽子に喜んで貰うために選んだのが掲句。

帽子箱というのはそれだけで一つの贅沢品のようなところがある。大中小と積み重ねるとウェディングケーキさながら。蓋の上で結ぶ大きなリボンはサテンの蝶がふわりと止まりに来たようだ。私がかつて帽子専門店で買った帽子は黒地に黄の縁取りのある箱に入っていた。フランス語の店の名前が白抜きの手書き風イタリック体でデザインされているのも洒落ていて、帽子を被るより、その箱を手に取るのが嬉しかったことを思い出す。

作者も同じような思いを持っているのだろう。帽子を入れるのではなく、「帽子の入る」と、まるで帽子がぴょこんと自分から箱の中に跳び込むような表現が可愛らしい。「丸い箱」の口語も手助けして、稚気あふれる句になっている。蓋の開いた箱も帽子が収まるのを待っているに違いない。季語から帽子と帽子箱の幸せな関係が感じられる。

みじめな頭を包んでくれる帽子くんにせめてこの句を箱として贈りたい。行きつけの美容院には空いているいっとう早い日を予約した。散々な目に遭った話を聞いて貰うのが待ち遠しい。

『赤い金魚』2021年 本阿弥書店より)

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


【太田うさぎのバックナンバー】

>>〔77〕春満月そは大いなる糖衣錠       金子敦
>>〔76〕夕空や日のあたりたる凧一つ     高野素十
>>〔75〕シャボン玉吹く何様のような顔     斉田仁
>>〔74〕鳥の恋漣の生れ続けたる                            中田尚子
>>〔73〕浅春の岸辺は龍の匂ひせる     対中いずみ
>>〔72〕猿負けて蟹勝つ話亀鳴きぬ 雪我狂流
>>〔71〕おやすみ
>>〔70〕雪掻きて今宵誘うてもらひけり    榎本好宏
>>〔69〕片手明るし手袋をまた失くし     相子智恵
>>〔68〕肩へはねて襟巻の端日に長し      原石鼎
>>〔67〕小鳥屋の前の小川の寒雀       鈴木鷹夫
>>〔66〕ゆげむりの中の御慶の気軽さよ   阿波野青畝
>>〔65〕イエスほど痩せてはをらず薬喰   亀田虎童子
>>〔64〕大氷柱折りドンペリを冷やしをり  木暮陶句郎
>>〔63〕うららかさどこか突抜け年の暮    細見綾子
>>〔62〕一年の颯と過ぎたる障子かな     下坂速穂
>>〔61〕みかんむくとき人の手のよく動く   若杉朋哉
>>〔60〕老人になるまで育ち初あられ     遠山陽子
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>>〔60〕老人になるまで育ち初あられ     遠山陽子

>>〔59〕おやすみ
>>〔58〕天窓に落葉を溜めて囲碁倶楽部   加倉井秋を
>>〔57〕ビーフストロガノフと言へた爽やかに 守屋明俊
>>〔56〕犬の仔のすぐにおとなや草の花    広渡敬雄
>>〔55〕秋天に雲一つなき仮病の日      澤田和弥
>>〔54〕紐の束を括るも紐や蚯蚓鳴く      澤好摩
>>〔53〕鴨が来て池が愉快となりしかな    坊城俊樹
>>〔52〕どの絵にも前のめりして秋の人    藤本夕衣
>>〔51〕少女期は何かたべ萩を素通りに    富安風生
>>〔50〕悲鳴にも似たり夜食の食べこぼし  波多野爽波
>>〔49〕指は一粒回してはづす夜の葡萄    上田信治
>>〔48〕鶺鴒がとぶぱつと白ぱつと白     村上鞆彦
>>〔47〕あづきあらひやひとり酌む酒が好き  西野文代
>>〔46〕夫婦は赤子があつてぼんやりと暮らす瓜を作つた 中塚一碧楼
>>〔45〕目薬に涼しく秋を知る日かな     内藤鳴雪
>>〔44〕金閣をにらむ裸の翁かな      大木あまり
>>〔43〕暑き夜の惡魔が頤をはづしゐる    佐藤鬼房
>>〔42〕何故逃げる儂の箸より冷奴     豊田すずめ
>>〔41〕ひそひそと四万六千日の猫      菊田一平

>>〔40〕香水や時折キッとなる婦人      京極杞陽
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>>〔12〕着ぶくれて田へ行くだけの橋見ゆる  吉田穂津
>>〔11〕蓮ほどの枯れぶりなくて男われ   能村登四郎
>>〔10〕略図よく書けて忘年会だより    能村登四郎
>>〔9〕暖房や絵本の熊は家に住み       川島葵 
>>〔8〕冬の鷺一歩の水輪つくりけり     好井由江
>>〔7〕どんぶりに顔を埋めて暮早し     飯田冬眞
>>〔6〕革靴の光の揃ふ今朝の冬      津川絵里子
>>〔5〕新蕎麦や狐狗狸さんを招きては    藤原月彦
>>〔4〕女房の化粧の音に秋澄めり      戸松九里
>>〔3〕ワイシャツに付けり蝗の分泌液    茨木和生
>>〔2〕秋蝶の転校生のやうに来し      大牧 広
>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


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