捨て櫂や暑気たゞならぬ皐月空
飯田蛇笏
ゴミ回収の規則に従わずに捨ててあるものを見かけると胸がざわつく。洗濯機や布団が道端で幾日も雨ざらしになっていたり、粗大ゴミのシールを貼られていないエレキギターがゴミ集積場で穴の開いた胴体を壁に寄りかからせていたり。そうしたものが目に入ると何だかやるせなくなるのだ。不衛生だとか、社会のルールを無視しないでほしい、勿論それもあるけれど、無慈悲だなあ、と思ってしまうのだ。洗濯機も布団もギターも一時は持主の生活の役に立ち楽しませたろうに、用がなくなると途端にポイ捨てですかい、旦那そりゃつれなかろうぜ、と心中ぼやくのだ。整理整頓が苦手で家中の机やテーブルの上がポイ捨て状態の私が言えた義理ではないけれど、少なくともお世話になったモノたちを屋外に置き去りにすることだけはない。手袋を片方落とすのは故意ではないし。
掲句は先々週に続き『蛇笏・龍太の旅心』より。昭和三年作、「田子の浦」と前書があるそうだ。この句に目が留まったのは、この数日いきなり暑くなった所為もあるが、どうやら上のような理由で「捨て櫂」に反応したらしい。櫂が一本浜辺に横たわっている。劣化したか何かで地元の漁師が捨てたものだろうか。悪天候で波に攫われたのが打ち上げられたのだろうか。五月であっても海辺の日差しは強く、灼けついた櫂には罅も入っていたかもしれない。また、田子の浦と言えば富士山。眼前に広がる勇壮な名山の姿と無用物となった櫂との対比が非情でもある。「たゞならぬ」の形容がまさに只ならぬ迫力で蛇笏の見た景色、感じた暑さを私たちの前に蘇らせる。この櫂は蛇笏の眼に拾われ、俳句の中で何十年と生き続けることとなったが、捨て櫂という形のままというのもやや酷薄な気がしないでもない。
(『蛇笏・龍太の旅心』福田甲子雄編著 山日ライブラリー 2003年より)
(太田うさぎ)
【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』。
【太田うさぎのバックナンバー】
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