船室の梅雨の鏡にうつし見る
日原方舟
梅雨入り、先だと思っていたら、結構すぐでした。いい加減な予報をして失礼しました。
「気象病」なんていう名称ができて、すこし可視化されてほっとしたような気もするけれど、とにかくなんとなく重いこのところ。そんなときには敢えての梅雨の句はどうでしょうか。
船室の梅雨の鏡にうつし見る
日原方舟は横浜の生まれ。この句集の中では比較的あっさりしたプロフィールで、吉岡禅寺洞から俳句を教わって、のち虚子に師事ということと、句集発行当時に甲子園に住んでいることしか書かれていない。
甲子園で方舟といえば、2018年の俳句甲子園の最優秀句、〈滴りや方舟に似てあなたの手 桃原康平〉が思い出されるのだけれど、そうか、「はこぶね」という名を持つ俳人なのであったよ、日原方舟は。
最初、「ひはら」という読みにばっかり気が行って、「ひはら」といえば山梨だよねと思っているわたしには、「方舟」は湖に浮かぶもののように思われたけれど、ところが方舟はハマっ子であった。
じゃあ、せっかくだから船の句を選べてよかったなと、目についた掲句。梅雨の中の船室の中の鏡に、何かを映しているところだ。船室と言われれば、なんとなく船の大きさが思われ、それはかなりの長距離も行くことが出来る海の船のような気がしてくる。
さきほど、「梅雨の中の船室の中の」と私は読み解いたけれど、実は句の方はその順番で明かしているわけではなくて、まずは船室と言って船の様子を思わせ、次に梅雨を、そして鏡を出すことで、その光の具合、船の調度の充実度などを明らかにしていく。
そして、下の句は「うつし見る」。最重要の「何を」が結局明らかにされずに、句は終わる。「私を」かもしれないし、「誰かを」かもしれない。ただ知れるのは、この句の眼目が映ったものにあるのではなく、(何かが)映る様子にあるということだけ。
方舟だけあって、船室のあしらいがいいわよねと思った矢先、すこし左右に目を転じると、ななんと方舟、百句全句が(おおまかに)船、あるいは海の句でした。
春月や流れ初めたる潮の上
からはじまって、
夕暮や水鳥の鳴く堀の内
まで。
この週末もストロングタイプの登場が止まらない同人句集、どうせ雨の数日、舟の句でも読んで過ごすとします。 『ホトトギス同人句集』(1938年)
(阪西敦子)
【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
【阪西敦子のバックナンバー】
>>〔88〕さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり 千原草之
>>〔87〕おやすみ
>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな 久保より江
>>〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな 石田雨圃子
>>〔84〕白牡丹四五日そして雨どつと 高田風人子
>>〔83〕春暁のカーテンひくと人たてり 久保ゐの吉
>>〔82〕かゝる世もありと暮しぬ春炬燵 松尾いはほ
>>〔81〕纐纈の大座布団や春の宵 真下喜太郎
>>〔80〕先生はいつもはるかや虚子忌来る 深見けん二
>>〔79〕夜着いて花の噂やさくら餅 關 圭草
>>〔78〕花の幹に押しつけて居る喧嘩かな 田村木國
>>〔77〕お障子の人見硝子や涅槃寺 河野静雲
>>〔76〕東京に居るとの噂冴え返る 佐藤漾人
>>〔75〕落椿とはとつぜんに華やげる 稲畑汀子
>>〔74〕見てゐたる春のともしびゆらぎけり 池内たけし
>>〔73〕諸事情により、おやすみ
>>〔72〕春雪の一日が長し夜に逢ふ 山田弘子
>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫 藤田春梢女
>>〔70〕よき椅子にもたれて話す冬籠 池内たけし
>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松 大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ 三木
>>〔67〕絵杉戸を転び止まりの手鞠かな 山崎楽堂
>>〔66〕年を以て巨人としたり歩み去る 高浜虚子
>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ 深見けん二
>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな 片岡奈王
>>〔63〕茎石に煤をもれ来る霰かな 山本村家
>>〔62〕山茶花の日々の落花を霜に掃く 瀧本水鳴
>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影 浅野白山
>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも 京極杞陽
>>〔59〕一陣の温き風あり返り花 小松月尚
>>〔58〕くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな 皿井旭川
>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ 清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜 成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり 山本駄々子
>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠 齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に 高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸 後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻 歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり 永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり 田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく 成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫 川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り 千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり 千原草之
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>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し 上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ 越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り 星野立子
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>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ 今井千鶴子
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>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜 深見けん二
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>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより 深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ 京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造 西山泊雲
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>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの 高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら 野村泊月
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>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市 松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て 小泉洋一
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】