笹鳴きに覚めて朝とも日暮れとも　中村苑子【季語＝笹鳴（冬）】　

2023.01.18
ハイクノミカタマンスリーゲスト

1913年生まれ, 2001年没, 「春燈」, 「炎環」, 「豆の木」, て, とも, に, 中村苑子, 岡田由季, 日暮, 朝, 笹鳴, 覚める, 鶯

笹鳴きに覚めて朝とも日暮れとも)

中村苑子

笹鳴きは、茂みの中で聞こえる鶯の地鳴きのこと。私にとって、ウグイスは、身近にいる野鳥の中で、最も写真に収めるのが難しいと感じる鳥だ。

難しいと感じるポイントは、まず、警戒心が強く、生い茂った樹の内側や藪の中にいて、なかなか見える場所に姿をあらわさない。それから、一枝に留まって鳴くということが少なく、ちょこまかと移動するため、ピントが合わせにくい。そして、色合いも地味な小さな鳥なので背景に同化しがちである。

そして、何より難しいという実感につながるのは、矛盾するようだが、ウグイスは里山でも住宅街でもどこにでもいて、遭遇する確率が高く、声ですぐそれとわかるということだ。囀りの「ホーホケキョ」はもちろん、地鳴きの「チャッチャッ」というのも、決して聞き分けは難しくない。すぐ近くで鳴いていて、ああ、ウグイスだ、と思うのに、写真に撮ろうとすると難しい。なので撮れなかった、という敗北感だけが募ってゆくのである。

それでも初夏の頃には、若いオスなど、囀りに夢中になるあまり、枝の上など開けた場所に出てくることがある。そうした、たまたま油断している個体を、何とか写真に撮ることはできる。しかし笹鳴きのウグイスは、藪の中をチラチラと移動するのみで、手強いのである。

と、恨み節を書き連ねたが、普通はウグイスの写真など撮る必要はないから、笹鳴きは、冬の動物の季語の中で、身近で親しみやすいものと言えるだろう。「笹子鳴く」と言われることもあり、その年に生まれた幼鳥が鳴いていると解されてきたようだが、実際には春夏に美しい声で囀っていた成鳥雄も、冬は地鳴きしかしない。しかし幼鳥が鳴いていると想像した方が、健気で愛らしい感じはあるだろう。

身近に聞くことのできる笹鳴きのこと、詠まれた句も日常の文脈が多い。苑子の句も笹鳴きを聞いて目覚めるのだから、日常と言えば日常なのだが「朝とも日暮れとも」という知覚の曖昧さが、日常をほんの少し揺らがせている。そのあたりに中村苑子らしさを感じる。（『中村苑子句集』所収）

（岡田由季）

【執筆者プロフィール】
岡田由季（おかだ・ゆき）
1966年生まれ。「炎環」同人。「豆の木」「ユプシロン」参加。句集『犬の眉』（2014年・現代俳句協会）。第67回角川俳句賞。ブログ　「道草俳句日記」

【歳時記のトリセツ（６）／岡田由季さん↓】