雪虫のそつとくらがりそつと口笛中嶋憲武【季語＝雪虫（春）】

雪虫のそつとくらがりそつと口笛)

中嶋憲武

晩秋の雪虫（綿虫）はアブラムシの一種だそうで、ふわふわ舞って雪の降るさまを思わせる。それとは異なり、初春の雪虫は雪の上で活動する黒くて1㎝ほどの飛べない虫で、セッケイカワゲラという種らしい。セッケイカワゲラは、春に孵化すると夏場は幼虫の状態で川底で眠り、冬に羽化して春までの産卵までを生きるという生活史を辿るようだ。冬眠ならぬ夏眠して、他の昆虫とはほぼ逆のサイクルで一生を過ごす。雪渓は晩夏の季語だけれど、その頃までは生き延びられないということか。寒冷地に適応するあまり、人の手に乗せただけでそのぬくもりで弱って死んでしまうくらいなのだから、なにしろ儚い。

そんなセッケイカワゲラ＝雪虫のこの句は、豆の木№24（2020年5月）の所収。掲載十句の並びから、やはりこの雪虫は初春のそれと考えられる。

上五の「の」を主格の助詞と捉えると、深閑とした景色の中のささやかなくらがりとしての雪虫の姿が浮かび上がってくる。あるかなしかの存在、でも雪虫には大切な務めがある。生殖である。

翅を持たないセッケイカワゲラは、ごく短い生が尽きる前に、産卵のため上流へ向かって一歩一歩ちょこちょこと進んでゆく。ささやくような口笛は、それを讃える作中主体のものか、あるいは淡々と生を全うしようとする雪虫そのものか。

「そつと」のリフレインは、すべてを並列に置くためのものかもしれないし、雪虫をくらがりへと、さらに口笛へと移行していく仕掛けかもしれない。いずれにしても少しずつずれていくモチーフの背景に、もがくような雪虫の姿がちらついていて、生と性の交錯が漏れ漂っている。憲武さんの句に触れるたびにどきどきするのは、この生と性の詩情がときに濃密に滲み出ているからなのかもしれない。

さて、雪のように真っ白で瀟洒な外観をもつ書店が、東京は三鷹にあるUNITÉ（ユニテ）である。三鷹といえば太宰治にゆかりの深い土地で、太宰の眠る禅林寺は毎年六月の桜桃忌の時期に多くのファンで賑わう。その禅林寺に向かって三鷹駅南口から中央通りを突き進んだところにUNITÉは位置している。

ほんの少し奥まった入口が、早くも上質な空間を期待させる。扉を開けると、右手にカフェのカウンター、奥に本棚が並ぶ。美しく洗練された店内は、森の中で満々と澄んだ水を湛える泉のよう。木のぬくもりと穏やかな照明のためか、落ち着いた心持ちでゆったりと本を選ぶことができる。

ツボをつく選書も魅力で、自分の好みにプラスアルファの幅を与えてくれる本が揃っている。あたかも「あ、そんなのがお好きなんですね。それならこんなのもありますよ…」と言われているみたいで、すっかりこちらが見透かされているかのような品揃えが心憎い。内面世界を拡張してくれる本棚は、とてもありがたいものだ。

お気に入りの一冊を見つけたら、洒脱なカフェスペースでさっそくページをひらき、コーヒーと一緒に贅沢な読書タイムが楽しめる。コーヒーももちろん美味いのだが、器がまた良い。土のあたたかさを感じるカップに、思わず深い吐息が漏れてしまう。書棚の裏にも秘密基地のようなかわいいカフェスペースがあって、おそろしく没入してしまいそう。長居を覚悟で訪れるのが良いかもしれない。

さらには三鷹駅周辺エリアには飲食店にも名店が多いのだが、それはまた別のお話…。