潜り際毬と見えたり鳰
中田剛
鳰は、ほぼ全国で見ることができる水鳥で、俳人にも、バードウォッチャーにも親しまれている。鳰の特徴は、言うまでもなくその潜水能力にある。鴨たちが寝ている間も、せっせと水に潜っては餌を採っている姿を見かける。
筆者は下手の横好きで数年前から野鳥の写真を撮っているが、最初の頃はこの、どこにでもいる鳰を写真に収めることすら難しかった。水面に小さな鳰の姿を見つけ、ピントを合わせようとあたふたしている間に,鳰は潜ってしまい、しばらくして、ずいぶん離れた場所にひょっこり浮かび上がる。それでまたピントを合わせようとすると、再度潜ってしまって・・・その繰り返しである。最近では、流石に鳰の写真をただ撮ることには苦労しなくなったが、相変わらずどこに浮かび上がってくるのかは予測がつかない。
掲句は、『中田剛集(セレクション俳人(14))』(邑書林)より引いた。鳰は潜る瞬間、キュッと身体を縮めて向きを変える。その様子を「毬」に見立てている。冬羽の鳰は夏羽よりも淡い色で、羽毛の質感も空気を含んでふわふわしているので、さらに毬という表現に納得がいく。鳰の愛嬌を一瞬に捉えた句だ。
鳰が水に潜り、また浮かび上がる様子というのは俳人の心を捉えるようで、多くの作者により様々な句が詠まれている。面白いと思ったのは、野鳥の写真を撮る人も同じ瞬間を狙っていることだ。「カイツブリ 潜る瞬間」などで検索すると、多くの野鳥カメラマンが画像をアップしている。私のカメラの性能と腕前では難しそうだが、もっと良いカメラ、良い腕前であっても、素早い鳰の動作を捉えることは簡単ではないようで、やっと撮れました、などと喜びの言葉が述べられている。
それを考えると、潜る瞬間に「毬」を見るのは、なかなかの動体視力である。作者は驚異の視力の持ち主なのだろうか、それとも想像力によって作られた句なのだろうか。おそらくその両方の要因があるのではないかと考える。
『中田剛集』の中にも、多くの鳰の句がある。ごく一例をあげると、
かいつぶり未明のこゑは咲くやうに
うしろ向きばかり雨中のかいつぶり
水の玉振るひおとせよ鳰
などなど。夏の季語である鳰の浮巣の句も多い。おそらく、折に触れ鳰を観察することにより生まれた作品だろう。人間の目とは不思議なもので、繰り返し見ることで、一度ではわからない細部に目が行くようになる。また、作句過程で脳内での再生も繰り返し行われ、想像により補われてゆく部分もあるだろう。シンプルな表現に見えても、その背後には分厚い体験による裏打ちがあるのだ。
(岡田由季)
【執筆者プロフィール】
岡田由季(おかだ・ゆき)
1966年生まれ。「炎環」同人。「豆の木」「ユプシロン」参加。句集『犬の眉』(2014年・現代俳句協会)。第67回角川俳句賞。ブログ 「道草俳句日記」
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2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】