大根の花まで飛んでありし下駄
波多野爽波
『骰子』
見たままをただ書いたようなとぼけた味わいのある句だ。さらっと書かれているようで「大根の花」という日常に根差した慎ましい花に「下駄」というアイテムがよく似合っている。一見説明的な書き方だが、下駄が飛んでしまった背景に物語があり、そこに想像の余地がある。子どもの下駄と思うと、大根の花の周りに子どもたちの声や動きを感じることができるだろう。〈鳥の巣に鳥が入つてゆくところ/爽波〉とは対照的に、「下駄」と具体的にしたことで想像のきっかけを与えていると言える。
「大根の花」を詠んだ爽波の句はたとえば以下のようなものがあり、印象的な句が多い。
大根の花や青空色足らぬ 『湯呑』
大根の花と頷きあひて過ぐ 同
大根の花にふる雨軽かりき 同
大根の花や飯櫃横抱きに 『骰子』
大根の花に巻貝拾ひけり 『青』1985年4月号
酢蛸噛みつつ大根の花を見る 同
『鋪道の花』に「冬の空」や「梅雨」といった季語が多く登場するのはよく言われるが、ほかにも爽波が好む季語がいくつかあったように思う。実際に、爽波が「得意季語」を持つように言っていたと昭男先生からも聞いたことがある。いわく、どんなに不調でもある程度の句がつくれるような季語を持っておくことが俳句をつくり続けるなかで肝要ということらしい。詠まれる頻度が高いということはそれだけ奥行をもった、よい季語だとも言える。
ちなみに昭男先生にも「大根の花」の句はいくつかある。
T定規抱へ大根の花過ぐる 『書信』
視力表見て大根の花を見て 同
大根の花や正直者は誰 『讀本』
大根の咲いて半熟卵かな 『木簡』
爽波がよく使う季語を学び、アップデートしたうえで詠んでいるように思う。まずは好きな俳人の使う季語を真似して、少しずつ自分のものにしていきたいものだ。
私はというと、先日の「秋草」の句会で「大根の花」を席題に出し、先生の選にかすりもしなかった。道のりは長い。
(山口遼也)
【執筆者プロフィール】
山口遼也(やまぐち・りょうや)
1998年生まれ。「秋草」所属。
第1回秋草よしきり賞、第14回石田波郷新人賞。
Twitter:@yakou_haiku
ご依頼、ご感想:yakou.haiku☆gmail.com (☆→@)
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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>>〔6〕枯野ゆく最も遠き灯に魅かれ 鷹羽狩行
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>>〔8〕オルゴールめく牧舎にも聖夜の灯 鷹羽狩行
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>>〔4〕琴墜ちてくる秋天をくらりくらり 金原まさ子
【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】
>>〔1〕九月来る鏡の中の無音の樹 津川絵理子
>>〔2〕雨月なり後部座席に人眠らせ 榮猿丸
>>〔3〕秋思かがやくストローを嚙みながら 小川楓子
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【2022年6月の火曜日☆杉原祐之のバックナンバー】
>>〔1〕仔馬にも少し荷を付け時鳥 橋本鶏二
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>>〔4〕雲の峰ぬつと東京駅の上 鈴木花蓑
【2022年6月の水曜日☆松野苑子のバックナンバー】
>>〔1〕でで虫の繰り出す肉に後れをとる 飯島晴子
>>〔2〕襖しめて空蟬を吹きくらすかな 飯島晴子
>>〔3〕螢とび疑ひぶかき親の箸 飯島晴子
>>〔4〕十薬の蕊高くわが荒野なり 飯島晴子
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【2022年5月の火曜日☆沼尾將之のバックナンバー】
>>〔1〕田螺容れるほどに洗面器が古りし 加倉井秋を
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【2022年5月の水曜日☆木田智美のバックナンバー】
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【2022年4月の火曜日☆九堂夜想のバックナンバー】
>>〔1〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア 豊口陽子
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【2022年4月の水曜日☆大西朋のバックナンバー】
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>>〔2〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア 豊口陽子
>>〔3〕田に人のゐるやすらぎに春の雲 宇佐美魚目
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【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】
>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸 正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ 正岡子規
>>〔3〕春や昔十五万石の城下哉 正岡子規
>>〔4〕蛤の吐いたやうなる港かな 正岡子規
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【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】
>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる 野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥
>>〔3〕春天の塔上翼なき人等 野見山朱鳥
>>〔4〕春星や言葉の棘はぬけがたし 野見山朱鳥
>>〔5〕春愁は人なき都会魚なき海 野見山朱鳥
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>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが 髙柳克弘
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【2022年2月の水曜日☆内村恭子のバックナンバー】
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【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】
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【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】
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【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】
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