冴返るまだ粗玉の詩句抱き 上田五千石【季語=冴返る(春)】


冴返るまだ粗玉の詩句抱き

上田五千石

 この原稿を書いている今、東京には大雪警報が発令されている。私の生活圏も例外ではなく、普段とは違う景色を見ることができた。などと呑気なことを言っていられるのも在宅勤務中だから。せっかくなのでと外に出てみたら一歩進むのにも難儀した。雪は大好きだけど何歳になっても慣れないものだ。

冴返るまだ粗玉の詩句抱き

 「冴返る」には寒の戻りだけではなくゆるみかけた心の冴えを呼び戻すような感覚もある。個人的には大寒の時の寒さよりも春の寒さの方が骨身に応える。しかし冴返ってくれればくれるほど俳人にはありがたい。今しか作れない「冴返る」「春寒」「余寒」の句を収穫できるからだ。

 さて収穫、とばかり外に出たところでそうそうすぐに出来るわけではない。「これはたくさん作れそうだ」と思っていられるのは最初の5分くらいで、あっという間に「作れないけど寒い」と心の中で連呼がはじまる。そこをぐっとこらえて歩き続けていると園児の散歩と出くわしたり、意外な場所に咲いている梅を見つけたりすることがあり、徐々に心の動きに俊敏さが加わってくる。心が動いたものに足をとめ、似つかわしい言葉を探す。すぐには見つからなくても、何に心が動いたのかだけは書き留めておく。「粗玉」とはその書き留めておいたものといったところであろう。

 吟行では人それぞれのスタイルがあり、出会った季語を書いていく人、57だけ、75だけなどパーツで書き留めておく人など様々なようであるが、私の場合はどんなに苦しくても575に収めて句帳に書くようにしている。そこまで書かないと自分が何に感動したのか、その微妙なさじ加減を忘れてしまうからだ。感動したのに忘れてしまうのか?と思われるかもしれないが、その答えはイエス。些細な心の動きはちょっとした外部の刺激で忘れてしまうのだ。吟行の時にはあまりおしゃべりをしない方が良い。迷子になっても大人なのだからなんとかなる。

 「粗玉」とは、掘りだしたままでまだ磨いていない玉のこと。吟行でいうと発見しただけ、出会っただけで、まだ575にすらなっていない感動の原石であろう。まだ磨いていないけど、きっとこれは珠玉の一句になる、してみせるのだ。その心意気も「冴返る」に通じるところがある。

 粗玉を抱いている人はきっと多い。しかしそれを玉にまで磨きあげる精神力があるかどうかが個人差になっていくのだと思う。句会に出すことは一つのゴールではあるが、そこをスタートと考えることも「冴返る」ものの一つなのかもしれない。

『琥珀』(1992年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


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>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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