なぐさめてくるゝあたゝかなりし冬    稲畑汀子【季語=冬あたたか(冬)】


なぐさめてくるゝあたゝかなりし冬

(稲畑汀子いなはた・ていこ)

 残すところ今年もあと二日。今週はじめに人間ドックも終えて、ドック前日の忘年会もなんのその、滔々と流れる血液と、内臓が描く穏やかな山河に感謝しながら、翌日から連日の顔見世の日々。今年は本当に何回かだめだと思ったけれど、やさしさに包まれて、最終日を迎えることができそうです。

なぐさめてくるゝあたゝかなりし冬 

 その2022年のはじめ、あれは約10か月前のこと、師・稲畑汀子が亡くなった。その日から時の経つのが早すぎると思う一方、いろいろなことが連続して起こりすぎて、たった10か月前のことだなんて信じられないような思いでもある。

 カトリックである汀子にとって、逝去とは天へ戻ること、帰天といわれる。ともにカトリックで、同い年でもあった夫の順三氏に触れ、再会しているに違いないという願いをよく耳にした。

 掲句は昭和54年12月の句。2か月前の10月に父でホトトギス主宰であった高浜年尾が逝去、また、同月、夫・順三氏が入院、闘病の最中であった。一方で翌年4月にはホトトギスが一千号を迎えるため、多くの行事が予定されていたころでもある。

 もともとの器や環境にもちろん大きな大きな違いはあるけれど、それでもひとりの人間であって、40代後半であった汀子のこの頃の強さは、その年に近づくほど、遠く仰ぎ見るものとなる。このときの心の持ちようはどんなものだったのか、打ちのめされたときなど、何度も考えてみる。

 この前後に並ぶ「看取妻」といった言葉を含んだ句に比べて、句意や句の構造も、広く解釈が可能だ。ひとつには、句のはじめからすべてが「冬」にかかっているように、あたたかい冬であって、その冬のあたたかさに救われていることを、「冬がなぐさめてくれる」と擬人法で言ったものかもしれない。あるいは、句を大きく前半後半で切って、(誰かが、あるいは何かが)こうやってなぐさめてくれている、それにしても、このあたたかかった冬よと、なぐさめられていることを契機に冬全体を振りかえっているようでもある。擬人の句も多く残した汀子のこと、前者であるような気もするけれど、わたしがこの句を思うときはだいたい後者のように思い出す、えへへ。え。そんなことしていいのかって、まあ、いいんですいいんです、生前から勝手放題な弟子だったわけですから。

 勝手放題とは少し違うかもしれないけれど、例えばこの句。人から今受けている行動から句が始まり(しかも、主語が不明)、冬で言い留めるこの形は相当に自由気ままで、そんな師だからこんな弟子の解釈と思えば、それはもう私の責任ではない。いく通りかの読み方もあるし、時制もてんでんだけど、伝わる安心感は確固としているというこの何とも言えない句、生前同様、いいのよ、いいのよと、力を与えてくれる。

 数え日の昼の冷蔵庫の残り野菜整理のけんちんうどん作り、ごま油に鶏肉を入れたとたんに換気扇まで火柱が上がっても(換気扇回りの油汚れは先週掃除しておいたから、燃え移ることはなく吹き消すことができました)、予約サイトの混雑や他のチケット購入者との順番をやっとかいくぐり、カード番号を入れる段になって家中探してもクレジットカードが見つからなくても(その時洗濯機で回っていたスカートのポケットから出てきました)、すこしは取り乱すことがあっても、あまり無駄に後悔せず、前に進んでいこうと思う。

 それにしても、この2年あまり、私の小さな心のざわざわを受け止め、また落ち着かせてくれていたのは、このハイクノミカタ・ハナキン枠だと終わりの段になって気づきます。

 ハナキン枠に限らず、このあとハイクノミカタを書くみなさんへ、どうかたのしんで(管理人に言わされているわけではありません)。

 そして、ときどき覗いてくださったみなさん、(句以外には、そしてときどきは句にさえも)なんの盛り上がりも得るものもない花のないハナキン枠にお付き合いいただいてありがとうございました。

 よい残り一日と、よいお年をお迎えください。

『稲畑汀子俳句集成』(2022年)

阪西敦子

「新人」のころの敦子さんと汀子さん

*阪西敦子さんには、本サイト「セクト・ポクリット」の立ち上げ(2020年10月)から、この「ハイクノミカタ」金曜日を2年3か月にわたって連載いただきました。心よりの感謝を。毎週、楽しみにしてくださっていたみなさんもありがとうございました。余談ながら、プロフィールに「句集『金魚』を制作中」とあったので、刊行されたら「金魚」の背景画像にしようとサプライズを用意していたのですが、最後まで使うことはありませんでした(苦笑)。刊行されたらゲストでまた戻ってきてもらいませう。次週より、敦子さんと同じ「ホトトギス」の塚本武州さんに金曜日をご担当いただきます。(管理人)

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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。

【阪西敦子のバックナンバー】

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>>〔116〕傾けば傾くまゝに進む橇                         岡田耿陽
>>〔115〕風邪ごもりかくし置きたる写真見る     安田蚊杖
>>〔114〕舟やれば鴨の羽音の縦横に                    川田十雨
>>〔113〕つはの葉につもりし雪の裂けてあり     加賀谷凡秋
>>〔112〕毛帽子をかなぐりすててのゝしれる     三木朱城
>>〔111〕牡蠣舟やレストーランの灯をかぶり      大岡龍男
>>〔110〕梁折れて頬を打つあり鶉追ふ                三溝沙美
>>〔109〕桔梗やさわや/\と草の雨                楠目橙黄子
>>〔108〕鳥屋の窓四方に展けし花すゝき         丹治蕪人
>>〔107〕秋めくやあゝした雲の出かゝれば          池内たけし
>>〔106〕コスモスのゆれかはしゐて相うたず      鈴鹿野風呂
>>〔105〕淋しさに鹿も起ちたる馬酔木かな      山本梅史
>>〔104〕蜩や久しぶりなる井の頭                     柏崎夢香
>>〔103〕おやすみ
>>〔102〕月代は月となり灯は窓となる         竹下しづの女
>>〔101〕おやすみ
>>〔100〕おやすみ
>>〔99〕おやすみ
>>〔97〕七夕のあしたの町にちる色帋               麻田椎花
>>〔96〕大阪の屋根に入る日や金魚玉                 大橋櫻坡子
>>〔95〕盥にあり夜振のえもの尾をまげて          柏崎夢香
>>〔94〕行く涼し谷の向うの人も行く                  原石鼎
>>〔93〕山羊群れて夕立あとの水ほとり            江川三昧
>>〔92〕思ひ沈む父や端居のいつまでも             石島雉子郎
>>〔91〕麦藁を束ねる足をあてにけり                    奈良鹿郎
>>〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな        京極杞陽
>>〔89〕船室の梅雨の鏡にうつし見る     日原方舟
>>〔88〕さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり  千原草之
>>〔87〕おやすみ
>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな   久保より江
>>〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな     石田雨圃子
>>〔84〕白牡丹四五日そして雨どつと    高田風人子
>>〔83〕春暁のカーテンひくと人たてり   久保ゐの吉
>>〔82〕かゝる世もありと暮しぬ春炬燵   松尾いはほ
>>〔81〕纐纈の大座布団や春の宵      真下喜太郎

>>〔80〕先生はいつもはるかや虚子忌来る  深見けん二
>>〔79〕夜着いて花の噂やさくら餅      關 圭草
>>〔78〕花の幹に押しつけて居る喧嘩かな   田村木國
>>〔77〕お障子の人見硝子や涅槃寺      河野静雲
>>〔76〕東京に居るとの噂冴え返る      佐藤漾人
>>〔75〕落椿とはとつぜんに華やげる     稲畑汀子
>>〔74〕見てゐたる春のともしびゆらぎけり 池内たけし
>>〔73〕諸事情により、おやすみ
>>〔72〕春雪の一日が長し夜に逢ふ      山田弘子
>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫    藤田春梢女
>>〔70〕よき椅子にもたれて話す冬籠    池内たけし
>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松     大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ      三木
>>〔67〕絵杉戸を転び止まりの手鞠かな    山崎楽堂
>>〔66〕年を以て巨人としたり歩み去る     高浜虚子
>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ  深見けん二
>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな     片岡奈王
>>〔63〕茎石に煤をもれ来る霰かな      山本村家
>>〔62〕山茶花の日々の落花を霜に掃く    瀧本水鳴
>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影      浅野白山
>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも  京極杞陽

>>〔59〕一陣の温き風あり返り花       小松月尚
>>〔58〕くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな   皿井旭川
>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ      清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜     成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり   山本駄々子
>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠     齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に      高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸   後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり       永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉

>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女

>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




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