ハイクノミカタ

百代の過客しんがりに猫の子も 加藤楸邨【季語=猫の子(春)】


百代の過客しんがりに猫の子も

加藤楸邨

 今日は、2月24日金曜日、2月最後の金曜日である。2月は逃げると言われるが、まさにあっという間に逃げ去った感がある。先週、ジャイアントパンダが中国へ帰るというニュースが話題になった。今週は、2月22日の「猫の日」があり、猫のニュースやイベントが盛りだくさんであった。1987年、猫の日実行委員会が、2月22日を「ニャンニャンニャン」と語呂合わせから、「猫の日」と制定したらしい。さらに、海外にも猫の日があり、ヨーロッパの多くは2月17日、ロシアは3月1日、アメリカは10月29日に定められている。また、2002年、動物愛護団体の国際動物福祉基金が、8月8日を世界猫の日(World Cat Day)と制定している。因みに、犬の日は、ワンワンワンの11月1日である。
 
  百代の過客しんがりに猫の子も 加藤楸邨

 加藤楸邨(1905年5月28日~1993年7月3日)は東京生まれ。父が国鉄職員で各地の駅長を転々としたため、楸邨も幼少より御殿場、福島、新潟、金沢と転じた。1931年「馬酔木」に投句、1935年同人となる。1940年「寒雷」を創刊し、没年まで主宰を務めた。作風は、俳句初学の頃「馬酔木」の傾向である抒情的、印象絵画的な風景句が多かったが、生活に密着した人間臭い句風へと転じて、「人間探究派」とも呼ばれた。

 楸邨は、「猫好きではない」とのことだが、「旅から帰って猫を抱いてから急に熱が出た」という話にある通り、多くの猫と暮らし、家族のように接していたようだ。掲句は、1990年に出版した句集『猫』からの抜粋だが、「百代の過客」は、松尾芭蕉の「おくの細道」の冒頭の「月日は百代の過客」から得たもの。そのしんがりに作者の腕に眠る猫の子を配し、自己と生きとし生きるものへの思いを伝え、やさしさに満ちた作者の眼差しを感じる。また、生きるものすべては、過去から未来へと永遠に続く時の流れの中に存在している「生の連鎖」を感じる。

 筆者は、人に頼まれて猫の出産に立ち会ったことがある。その時、母猫は一晩で5匹を産んだのだが、ぽこぽこと連続して5匹を産むのでは無く、1匹ごとに陣痛があり1匹ごとに苦しんで産んでいく。母猫は生まれてきた子を舐めてきれいにしているうちに、また次の陣痛と出産というサイクルを5回繰り返した。母猫のお腹が鼓動し、胎内の子猫が早く出せと蹴っているようだ。母猫は涙を溜めて、苦しみながら出産し、その後目の開かない子猫をきれいにする。まさに、この子猫らも百代の過客のしんがりに加わったという「生の連鎖」を感じる経験であった。

 さて、冒頭のジャイアントパンダは、漢字で書くと「大熊猫」。ここにも猫が出てくるのは、ただの偶然か、それとも一連の「猫の日」の序章だったのか。そう思いながら、うちの白猫をじっとみていると、ん?パンダ?なわけないか。Have a good weekend.

塚本武州


【執筆者プロフィール】
塚本武州(つかもと・ぶしゅう)
1969 年、立川市生まれ。書道家の父親が俳号「武州」を命名。茶道家の母親の影響で俳句を始める。2000年〜2006年までイギリス、フランス、2011年〜2020年までドイツ、シンガポール、台湾に駐在。帰国後、本格的に俳句を習い、2021年4月号より俳誌『ホトトギス』へ出句。現在、社会人学生として、京都芸術大学通信教育部文芸コース及び博物館学芸員課程を履修中。神戸市在住。妻と白猫(ユキ)の3人暮らし。

【塚本武州のバックナンバー】

>>〔7〕春光のステンドグラス天使舞ふ   森田峠
>>〔6〕謝肉祭の仮面の奥にひすいの眼  石原八束
>>〔5〕バー温し年豆妻が撒きをらむ    河野閑子
>>〔4〕初場所の力士顚倒し顚倒し     三橋敏雄
>>〔3〕わが知れる阿鼻叫喚や震災忌    京極杞陽
>>〔2〕福笹につけてもらひし何やかや   高濱年尾
>>〔1〕一月や去年の日記なほ机辺     高濱虚子

【初代金曜日・阪西敦子のバックナンバー】

>>〔118〕【最終回】なぐさめてくるゝあたゝかなりし冬    稲畑汀子
>>〔117〕クリスマスイヴの始る厨房よ                千原草之
>>〔116〕傾けば傾くまゝに進む橇                         岡田耿陽
>>〔115〕風邪ごもりかくし置きたる写真見る     安田蚊杖
>>〔114〕舟やれば鴨の羽音の縦横に                    川田十雨
>>〔113〕つはの葉につもりし雪の裂けてあり     加賀谷凡秋
>>〔112〕毛帽子をかなぐりすててのゝしれる     三木朱城
>>〔111〕牡蠣舟やレストーランの灯をかぶり      大岡龍男
>>〔110〕梁折れて頬を打つあり鶉追ふ                三溝沙美
>>〔109〕桔梗やさわや/\と草の雨                楠目橙黄子
>>〔108〕鳥屋の窓四方に展けし花すゝき         丹治蕪人
>>〔107〕秋めくやあゝした雲の出かゝれば          池内たけし
>>〔106〕コスモスのゆれかはしゐて相うたず      鈴鹿野風呂
>>〔105〕淋しさに鹿も起ちたる馬酔木かな      山本梅史
>>〔104〕蜩や久しぶりなる井の頭                     柏崎夢香
>>〔103〕おやすみ
>>〔102〕月代は月となり灯は窓となる         竹下しづの女
>>〔101〕おやすみ
>>〔100〕おやすみ
>>〔99〕おやすみ
>>〔97〕七夕のあしたの町にちる色帋               麻田椎花
>>〔96〕大阪の屋根に入る日や金魚玉                 大橋櫻坡子
>>〔95〕盥にあり夜振のえもの尾をまげて          柏崎夢香
>>〔94〕行く涼し谷の向うの人も行く                  原石鼎
>>〔93〕山羊群れて夕立あとの水ほとり            江川三昧
>>〔92〕思ひ沈む父や端居のいつまでも             石島雉子郎
>>〔91〕麦藁を束ねる足をあてにけり                    奈良鹿郎
>>〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな        京極杞陽
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>>〔73〕諸事情により、おやすみ
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>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫    藤田春梢女
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>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ      清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜     成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり   山本駄々子
>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠     齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に      高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸   後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり       永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉

>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女

>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




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