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数へ日の残り日二日のみとなる 右城暮石【季語=数へ日(冬)】


数へ日の残り日二日のみとなる

右城暮石

今週の句の季語は「数へ日」。『日本の歳時記』(小学館)によると季語として定着したのは戦後のことという。普段は日を数えるという行為に伴う感慨そのものがあまりピンとこないのだが、年末が近づくと一気に日いちにちの存在感が増す。

子どもの頃はお年玉がもらえてのんびり出来る正月が待ち遠しくてしかたなかった。同じ数え日でも指折り数えて待つ感じ。今でも正月は楽しみなのだが、大晦日の夜までは来年のことに思いが至らない。それどころではない。日を数えることすら忘れ、「あと何日しかない!」と何度でも驚くことができる。あと何日あるから大丈夫、終らせることができるそうだ、という大人のカウントダウンだ。

恥ずかしながらこの連載も日付感覚の狂ったまま例句を選んでいて、「御用納」で見つけた!と思ったが微妙に遅いので却下した。しかも仕事納ではなく御用納なので28日限定だ。民と官ではその辺りの厳密さが異なるし、実感としても数え日における3日の差は大いなる差がある。

数へ日の残り日二日のみとなる

年の瀬となり「あと何日」と日々気にしていたはずなのに、残り二日となると改めて今年も残り少ないことを感じる。今日中に一通り目処をつけて、大晦日にはなるべくこぼしたくないものだ。大晦日をカウントしないとすると心の余裕があるのは残り日三日(=29日)ほどが限度であろう。実際余裕はないのだが。

この句の日時設定は29日の夜か30日の朝と思われる。同じ日付を小晦日ということもできるが、その言い回しだと今年が残りわずかという感じが薄れて作者の時間的立ち位置を示す要素が強くなる。点の時間だ。

掲句では「残り日」とあえて重ねたことで30日も31日もくっきりと映し出された。点の時間なのだが面のような存在感がある。

この作者が数えているのは「もういくつ寝るとお正月」のいくつの要素は薄く、残された時間で何が出来るかを算段するためのカウントの要素が濃い。その心持ちは「残り」「のみとなる」に表れている。残り二日しかないこの感じは忙しなさを醸し出しているが、年末の季語なのでうっすらと正月の気配もまとっている。

「のこりび」で辞書をひくと「残り火」にゆきあたる。音読すると終わりかけの焚火のイメージが呼び起こされる。あと2日間、完全燃焼できるだろうか?さて、筆者はこれから引っ越し準備。松が明ける前の引っ越し、どうなることやら??

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
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>>〔80〕破門状書いて破れば時雨かな 詠み人知らず
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>>〔77〕命より一日大事冬日和 正木ゆう子
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>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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