山又山山桜又山桜
阿波野青畝
先週末、初めて奈良県・吉野山へ花見に行ってきた。近鉄特急は全て予約満席だったので、神戸から車で向かった(片道の所要時間2時間程度)。吉野山の玄関口、「下千本」は既に葉桜になっていたので、満開の桜を求めて、山の頂にある「奥千本」を目指した。山道の両側に茶屋や土産屋が軒を連ね、世界遺産の寺社やお堂があり楽しい雰囲気であった。ただ、登るにつれてだんだんその数が減り、山道も急坂へと変わっていった。「中千本」から、「上千本」を経由して「奥千本」へ行くバス停に長蛇の列ができていた。聞くところによると、バスは1時間待ち、徒歩でも1時間ぐらいかかるとのことで、昼食の後の運動を兼ねて、歩くことにした。山道と言っても舗装された道路であるため、坂道だが歩きやすい。山の中腹から振り返ると麓や隣接した山々が薄らと桃色に見えた。桜の花弁が麓からの風に吹き上げられて舞っている姿は絶景であった。「奥千本」に到着しても満開の桜に出会うことは無かった。ただ、世界遺産「金峰神社」はひっそりと多くの旅人を待ち受けていた。花吹雪、花冷、花屑、桜餅など、満開でなくても吉野は吉野の花の楽しみ方があり、また神の宿るパワースポットだと感じた。
山又山山桜又山桜
阿波野青畝
掲句は、吉野山の景と重なる。吉野山とそれを取り囲む山々に満開の桜、山・又・桜の漢字3文字でその絶景を表す妙は素晴らしい。
阿波野青畝(1899年2月10日~1992年12月22日)は奈良県高市郡生まれ。小学校の頃に耳疾を患い難聴となる。中学校在学中に「ホトトギス」の読者となり、虚子の「写生」に疑問を抱き抗議の手紙を書いた。虚子から「あなたの如き叙情の句を作る人こそ、より多く客観写生を勧める必要がある」という返事があり、青畝の方向性を決めることとなった。25歳にて「ホトトギス」課題句選者、30歳で「かつらぎ」を創刊。同年「ホトトギス」同人となる。1975年、勲四等瑞宝章を受章。1992年12月22日、心不全により逝去。兵庫県・夙川協会にて葬儀ミサが執り行われた。
虚子は青畝の句をこう評している。
「俳諧王国の真中に安住して、神官行き、僧侶行き、貴人行き、野人行き、老も若きも共に行く縦横の街路井然として乱れず、而かも其、静かなる水に影を映して、一塵をとどめざる感じがする」
ここに虚子自らの俳句への本意とともに、青畝俳句への全幅の信頼と賛辞が述べられている。
さくらさくら人ひとさくら人さくら
岡安紀元
この例句もインパクトのある句である。さくら・人・ひとの文字だけで、たくさんの花見客でごった返している景が浮かぶ。
さて、そろそろ桜も終わりにして、次の花を探しに行こう。では、良い週末を。
(塚本武州)
【執筆者プロフィール】
塚本武州(つかもと・ぶしゅう)
1969 年、立川市生まれ。書道家の父親が俳号「武州」を命名。茶道家の母親の影響で俳句を始める。2000年〜2006年までイギリス、フランス、2011年〜2020年までドイツ、シンガポール、台湾に駐在。帰国後、本格的に俳句を習い、2021年4月号より俳誌『ホトトギス』へ出句。現在、社会人学生として、京都芸術大学通信教育部文芸コース及び博物館学芸員課程を履修中。神戸市在住。妻と白猫(ユキ)の3人暮らし。
【塚本武州のバックナンバー】
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>>〔107〕秋めくやあゝした雲の出かゝれば 池内たけし
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>>〔104〕蜩や久しぶりなる井の頭 柏崎夢香
>>〔103〕おやすみ
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>>〔100〕おやすみ
>>〔99〕おやすみ
>>〔97〕七夕のあしたの町にちる色帋 麻田椎花
>>〔96〕大阪の屋根に入る日や金魚玉 大橋櫻坡子
>>〔95〕盥にあり夜振のえもの尾をまげて 柏崎夢香
>>〔94〕行く涼し谷の向うの人も行く 原石鼎
>>〔93〕山羊群れて夕立あとの水ほとり 江川三昧
>>〔92〕思ひ沈む父や端居のいつまでも 石島雉子郎
>>〔91〕麦藁を束ねる足をあてにけり 奈良鹿郎
>>〔90〕はしりすぎとまりすぎたる蜥蜴かな 京極杞陽
>>〔89〕船室の梅雨の鏡にうつし見る 日原方舟
>>〔88〕さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり 千原草之
>>〔87〕おやすみ
>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな 久保より江
>>〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな 石田雨圃子
>>〔84〕白牡丹四五日そして雨どつと 高田風人子
>>〔83〕春暁のカーテンひくと人たてり 久保ゐの吉
>>〔82〕かゝる世もありと暮しぬ春炬燵 松尾いはほ
>>〔81〕纐纈の大座布団や春の宵 真下喜太郎
>>〔80〕先生はいつもはるかや虚子忌来る 深見けん二
>>〔79〕夜着いて花の噂やさくら餅 關 圭草
>>〔78〕花の幹に押しつけて居る喧嘩かな 田村木國
>>〔77〕お障子の人見硝子や涅槃寺 河野静雲
>>〔76〕東京に居るとの噂冴え返る 佐藤漾人
>>〔75〕落椿とはとつぜんに華やげる 稲畑汀子
>>〔74〕見てゐたる春のともしびゆらぎけり 池内たけし
>>〔73〕諸事情により、おやすみ
>>〔72〕春雪の一日が長し夜に逢ふ 山田弘子
>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫 藤田春梢女
>>〔70〕よき椅子にもたれて話す冬籠 池内たけし
>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松 大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ 三木
>>〔67〕絵杉戸を転び止まりの手鞠かな 山崎楽堂
>>〔66〕年を以て巨人としたり歩み去る 高浜虚子
>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ 深見けん二
>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな 片岡奈王
>>〔63〕茎石に煤をもれ来る霰かな 山本村家
>>〔62〕山茶花の日々の落花を霜に掃く 瀧本水鳴
>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影 浅野白山
>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも 京極杞陽
>>〔59〕一陣の温き風あり返り花 小松月尚
>>〔58〕くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな 皿井旭川
>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ 清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜 成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり 山本駄々子
>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠 齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に 高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸 後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻 歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり 永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり 田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく 成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫 川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り 千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり 千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて 千原草之
>>〔42〕ビール買ふ紙幣をにぎりて人かぞへ 京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず 後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ 久保ゐの吉
>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり 赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき 後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜 飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵 岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵 本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく 上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し 上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ 越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り 星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ 伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ 今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間 藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中 後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜 深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー 下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く 千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ 森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く 今井つる女
>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話 田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより 深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ 京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造 西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方 福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他 中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの 高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら 野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな 山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る 岩垣子鹿
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>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に 山内山彦
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>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月 松藤夏山
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】