一月や去年の日記なほ机辺
高濱虚子
新年明けましておめでとうございます。
今月から、阪西敦子さんから引き継ぎ、金曜日を担当する塚本武州です。よろしくお願いします。
今日は1月6日金曜日、小寒である。小寒から立春の前日までを寒と呼び、今日から寒の入である。寒の入に北陸地方の農村ではこれからの積雪と極寒に備えて、小豆や大豆を入れた餅をつく寒固(かんがため)という風習があり、俳句の季題として残っている。
さて、12月があっという間に過ぎ、1月も既に6日目。光陰矢のごとし、Time flies. など時間の経過が早いことは万国共通。筆者はまだ、正月気分が抜けきれないが、皆さんはいかがでしょうか?
一月や去年の日記なほ机辺 高浜虚子
この句は、『ホトトギス新歳時記第三版 稲畑汀子編』の一番最初に載っている句である。1月になってもまだ去年の日記が机の辺りに置かれている。年末の年用意から、年始の行事、年賀状、新年会や初句会など目まぐるしくイベントをこなす虚子の姿が目に浮かぶ。去年の日記は、片付ける時間が無く置き去りにされているのか、それとも去年の備忘録として置いているのか、あくまで想像の域であるが、書斎にあるたくさんの書類・書物と比肩して去年の日記も一書のごとく鎮座している、という情景が見える。
偶然であるが、65年前の今日、昭和33年1月6日鎌倉草庵にて、虚子は『虚子俳話』の序文を書いている。その文中に「深は新なり」「古壺新酒」の二標語を書き残している。「深は新なり」は、新境地を求めて深く深くと志すこと、「古壺新酒」は、古い壺(形式)に新しい酒(内容)を盛ることである。日付は偶然であっても、この二標語は年初に相応しい言葉である。
また、年が前後するが、67年前の今日、昭和31年1月6日の近吟3句が同じく『虚子俳話』に掲載されている。
初夢も無かりし男女かな
元日や今日の庭さへ枯れまさり
年賀状霊芝生ずと書き添へし
もし、今日が1月6日でなければ、『虚子俳話』の序文や近吟3句も素通り、もしくは違った見え方をしていたであろう。そう思うと、今日のこの日と俳句の縁の不思議さを感じる。
さて、自分の机辺と言えば、煩雑に積み上がった書類の一番底から3回目のワクチン接種券が出てきてびっくり。はて接種したっけと去年の日記を探して確認する始末(結果は集団接種会場にて接種済み)。冒頭の句に、自分のずぼらが助けられた感がある。
1月は行く、2月は逃げる、3月は去ると言われるぐらいあっという間に時間が過ぎるので、多分難しいけど、今年は一日一日を大切に過ごそう。
今年もどうぞよろしくお願いします。
(塚本武州)
【執筆者プロフィール】
塚本武州(つかもと・ぶしゅう)
1969 年、立川市生まれ。書道家の父親が俳号「武州」を命名。茶道家の母親の影響で俳句を始める。2000年〜2006年までイギリス、フランス、2011年〜2020年までドイツ、シンガポール、台湾に駐在。帰国後、本格的に俳句を習い、2021年4月号より俳誌『ホトトギス』へ出句。現在、社会人学生として、京都芸術大学通信教育部文芸コース及び博物館学芸員課程を履修中。神戸市在住。妻と白猫(ユキ)の3人暮らし。
【阪西敦子のバックナンバー】
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>>〔117〕クリスマスイヴの始る厨房よ 千原草之
>>〔116〕傾けば傾くまゝに進む橇 岡田耿陽
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>>〔114〕舟やれば鴨の羽音の縦横に 川田十雨
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>>〔106〕コスモスのゆれかはしゐて相うたず 鈴鹿野風呂
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>>〔104〕蜩や久しぶりなる井の頭 柏崎夢香
>>〔103〕おやすみ
>>〔102〕月代は月となり灯は窓となる 竹下しづの女
>>〔101〕おやすみ
>>〔100〕おやすみ
>>〔99〕おやすみ
>>〔97〕七夕のあしたの町にちる色帋 麻田椎花
>>〔96〕大阪の屋根に入る日や金魚玉 大橋櫻坡子
>>〔95〕盥にあり夜振のえもの尾をまげて 柏崎夢香
>>〔94〕行く涼し谷の向うの人も行く 原石鼎
>>〔93〕山羊群れて夕立あとの水ほとり 江川三昧
>>〔92〕思ひ沈む父や端居のいつまでも 石島雉子郎
>>〔91〕麦藁を束ねる足をあてにけり 奈良鹿郎
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>>〔89〕船室の梅雨の鏡にうつし見る 日原方舟
>>〔88〕さくらんぼ洗ひにゆきし灯がともり 千原草之
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>>〔86〕まどごしに與へ去りたる螢かな 久保より江
>>〔85〕日蝕の鴉落ちこむ新樹かな 石田雨圃子
>>〔84〕白牡丹四五日そして雨どつと 高田風人子
>>〔83〕春暁のカーテンひくと人たてり 久保ゐの吉
>>〔82〕かゝる世もありと暮しぬ春炬燵 松尾いはほ
>>〔81〕纐纈の大座布団や春の宵 真下喜太郎
>>〔80〕先生はいつもはるかや虚子忌来る 深見けん二
>>〔79〕夜着いて花の噂やさくら餅 關 圭草
>>〔78〕花の幹に押しつけて居る喧嘩かな 田村木國
>>〔77〕お障子の人見硝子や涅槃寺 河野静雲
>>〔76〕東京に居るとの噂冴え返る 佐藤漾人
>>〔75〕落椿とはとつぜんに華やげる 稲畑汀子
>>〔74〕見てゐたる春のともしびゆらぎけり 池内たけし
>>〔73〕諸事情により、おやすみ
>>〔72〕春雪の一日が長し夜に逢ふ 山田弘子
>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫 藤田春梢女
>>〔70〕よき椅子にもたれて話す冬籠 池内たけし
>>〔69〕犬去れば次の犬来る鳥総松 大橋越央子
>>〔68〕左義長のまた一ところ始まりぬ 三木
>>〔67〕絵杉戸を転び止まりの手鞠かな 山崎楽堂
>>〔66〕年を以て巨人としたり歩み去る 高浜虚子
>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ 深見けん二
>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな 片岡奈王
>>〔63〕茎石に煤をもれ来る霰かな 山本村家
>>〔62〕山茶花の日々の落花を霜に掃く 瀧本水鳴
>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影 浅野白山
>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも 京極杞陽
>>〔59〕一陣の温き風あり返り花 小松月尚
>>〔58〕くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな 皿井旭川
>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ 清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜 成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり 山本駄々子
>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠 齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に 高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸 後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻 歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり 永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり 田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく 成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫 川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り 千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり 千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて 千原草之
>>〔42〕ビール買ふ紙幣をにぎりて人かぞへ 京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず 後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ 久保ゐの吉
>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり 赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき 後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜 飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵 岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵 本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく 上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し 上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ 越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り 星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ 伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ 今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間 藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中 後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜 深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー 下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く 千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ 森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く 今井つる女
>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話 田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより 深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ 京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造 西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方 福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他 中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの 高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら 野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな 山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る 岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市 松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て 小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に 山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜 中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す 柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨 成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー 千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月 松藤夏山
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