身支度は誰より早く旅涼し阪西敦子【季語＝涼し（夏）】

ハイクノミカタ

身支度は誰より早く旅涼し　阪西敦子【季語＝涼し（夏）】

2024/6/1
ハイクノミカタ, 吉田林檎
1977年生まれ, 「ホトトギス」, は, より, 夏の季語, 旅, 早く, 涼し, 誰, 身支度, 阪西敦子

身支度は誰より早く旅涼し

阪西敦子

旅は大好きだが自分で企てたなかで旅行会社を利用したことは一度もない。エアー＆ホテルなどを含めたらあるということになるのかもしれないが、ガイドがついてバスなどで廻るような旅には友人から誘われた時以外は参加したことがないし、これからも恐らくないであろう。

一人旅には全部自分が判断をしていかなければならないというスリルがある。当然リスクもあるこのスリルを楽しめるかどうかは好みの問題でしかない。私は楽しめる方なのである。ただ移動しただけなのに大いなる達成感を味わうことができるとは、良い時代に生れたものだ。

8年前にフランスに一人旅をした際、食事をとっていたら同じ店内で日本のツアーガイドが参加者に注意事項を伝えていた。「何時までに〇〇してください」「△△しないでください」「□□には某を利用してください」などなど、修学旅行よりも厳しい。自分で稼いだお金で申し込んだ旅行でどうしてここまで指図されなければならないのだろうと思った。

だがこれは好みの問題。言われたことを守って安全に効率よく廻る方が楽しく感じられるならそうした指示に抵抗を感じることもなく、むしろ伸び伸びと楽しむことができるだろう。

かく言う私も何を好き好んで575と季語という枷を自らに課しているのか。それはその枷の中で表現を探る方がより楽しめるからだ。

身支度は誰より早く旅涼し

待ち合わせには遅れる。メニューを選ぶのは遅い。切符を買うのも手際が悪い。日頃は旅先で「しょうがないな」キャラとなっているこの人物も、身支度だけは早い。そう、私はメイクも服選びも早いのよ！

身支度をしている人物の詳細は述べられていないが早さが問題になる時点でこれは女性であろう。女性の身支度の遅速の差は尋常ではない。とにかくやることが多いゆえに個人差も出るのだということを全読者の皆さまにご理解いただきたい。

手早く仕上げること、そして人を待たせないことに対する心情的な涼しさがある。朝涼もそれに貢献しているであろう。何よりスタートが心地良いとその日一日すっきりとした気持ちで過ごすことができる。

これを極めていくと〈旅馴れてトランク一つ夜の秋　星野立子〉という状態に収斂されていくのだろう。荷物が少なく、旅鞄が小さい人に対して尊敬の念が沸くのは私だけではないはずである。

『金魚』（2024年刊）所収。

（吉田林檎）

【執筆者プロフィール】
吉田林檎（よしだ・りんご）
昭和46年（1971）東京生まれ。平成20年（2008）に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年（2010）「知音」入会。平成25年（2013）「知音」同人、平成27年（2015）第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年（2016）第5回青炎賞（「知音」新人賞）を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』（ふらんす堂、2019年）。

【吉田林檎さんの句集『スカラ座』（ふらんす堂、2019年）はこちら ↓】