白い部屋メロンのありてその匂ひ
上田信治
『リボン』(邑書林 2017年)
上田信治さんの俳句は、いわゆる「俳句らしい俳句」ではなくて、平易な言葉で書かれているのにもかかわらず、すごく変だと思ったり、どう読んだらいいのかがわからなかったりすることもあるが、面白くて、記憶力の乏しい私にも愛誦句が多い。
掲句は、意味がわかりやすいタイプの句。静謐な雰囲気のなかに、そこはかとない可笑しさが漂う。
「白い部屋」の抽象的な把握に対して、「メロン」と「その匂ひ」は妙に生々しく具体的だ。メロンの匂いについて、何かを語っているわけでもないのに……。「白い部屋」→「メロン」→「その匂ひ」と、主体の認識の推移が順序よく書かれているが、一方で「白い部屋」と、「メロン」および「その匂ひ」が拮抗しているように感じられたり、「その匂ひ」=嗅覚が、「白い部屋」=視覚にまで浸食してくるように感じられたりもする。そういう不思議さは、「(メロン)のありてその(匂ひ)」という語り口によるものだろう。「メロン」と「その匂ひ」の方が「白い部屋」より具体的に感じられるのも、この語り口ゆえと思う。
ここで「白い部屋」をちょっと具体的に想像してみる。どんな部屋だろう。
初読では、清潔で生活感のない「白い部屋」を、私は想像した。そこにたとえば、緻密な網目のびっちり張りついた、高級な、メロンのアイコンのようなメロンがあると、いかにも、な感じである。「(メロン)のありて」のていねいな言い方もふさわしい気がする。そこが逆に可笑しさを誘う。メロン自体は、高級とか高価とかいう人の価値観とは関係なくそこにあって、ただ甘い匂いを放っているだけだから。人の気持ちともまったく関係がない。「香」ではなく「匂ひ」の語を使っているのは、音韻に対する意識もあるだろうが、作者がメロンを物体としてのみ捉えていることの現れだ。清潔で生活感のない「白い部屋」は個人の部屋とは限らなくて、会議室とか、病室とかもあり得るが、この句の「メロン」は、いかにも、なメロンであってほしい。
ところで、上田さんの俳句が面白いことは冒頭に述べたが、昨年上梓されたエッセイ集『成分表』(素粒社)もとても面白い。日常のささいなことをきっかけにして、世界や生きることのよろこびとか驚きとか可笑しさとかが、上田さんの思考と言葉で濃縮されてゆく、素敵なエッセイ集だ。このサイトの管理人、堀切克洋さんがていねいな書評を書いている。
(古川朋子)
【執筆者プロフィール】
古川朋子(ふるかわ・ともこ)
1969年生まれ。「蒼海」会員。第6回星野立子新人賞受賞。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2023年6月の火曜日☆北杜駿のバックナンバー】
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【2023年4月の水曜日☆山口遼也のバックナンバー】
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【2023年3月の火曜日☆三倉十月のバックナンバー】
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【2023年3月の水曜日☆山口遼也のバックナンバー】
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【2023年2月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
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【2023年2月の水曜日☆楠本奇蹄のバックナンバー】
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【2023年1月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔1〕年迎ふ父に胆石できたまま 島崎寛永
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【2023年1月の水曜日☆岡田由季のバックナンバー】
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【2022年11・12月の火曜日☆赤松佑紀のバックナンバー】
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【2022年11・12月の水曜日☆近江文代のバックナンバー】
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>>〔7〕橇にゐる母のざらざらしてきたる 宮本佳世乃
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【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】
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【2022年9月の火曜日☆岡野泰輔のバックナンバー】
>>〔1〕帰るかな現金を白桃にして 原ゆき
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【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】
>>〔1〕九月来る鏡の中の無音の樹 津川絵理子
>>〔2〕雨月なり後部座席に人眠らせ 榮猿丸
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>>〔2〕ほととぎす孝君零君ききたまへ 京極杞陽
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>>〔4〕十薬の蕊高くわが荒野なり 飯島晴子
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【2022年5月の火曜日☆沼尾將之のバックナンバー】
>>〔1〕田螺容れるほどに洗面器が古りし 加倉井秋を
>>〔2〕桐咲ける景色にいつも沼を感ず 加倉井秋を
>>〔3〕葉桜の夜へ手を出すための窓 加倉井秋を
>>〔4〕新綠を描くみどりをまぜてゐる 加倉井秋を
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【2022年5月の水曜日☆木田智美のバックナンバー】
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>>〔3〕ジェラートを売る青年の空腹よ 安里琉太
>>〔4〕いちごジャム塗れとおもちゃの剣で脅す 神野紗希
【2022年4月の火曜日☆九堂夜想のバックナンバー】
>>〔1〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア 豊口陽子
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>>〔3〕水鳥の和音に還る手毬唄 吉村毬子
>>〔4〕星老いる日の大蛤を生みぬ 三枝桂子
【2022年4月の水曜日☆大西朋のバックナンバー】
>>〔1〕大利根にほどけそめたる春の雲 安東次男
>>〔2〕回廊をのむ回廊のアヴェ・マリア 豊口陽子
>>〔3〕田に人のゐるやすらぎに春の雲 宇佐美魚目
>>〔4〕鶯や米原の町濡れやすく 加藤喜代子
【2022年3月の火曜日☆松尾清隆のバックナンバー】
>>〔1〕死はいやぞ其きさらぎの二日灸 正岡子規
>>〔2〕菜の花やはつとあかるき町はつれ 正岡子規
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【2022年3月の水曜日☆藤本智子のバックナンバー】
>>〔1〕蝌蚪乱れ一大交響楽おこる 野見山朱鳥
>>〔2〕廃墟春日首なきイエス胴なき使徒 野見山朱鳥
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【2022年2月の火曜日☆永山智郎のバックナンバー】
>>〔1〕年玉受く何も握れぬ手でありしが 髙柳克弘
>>〔2〕復讐の馬乗りの僕嗤っていた 福田若之
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>>〔1〕琅玕や一月沼の横たはり 石田波郷
>>〔2〕ミシン台並びやすめり針供養 石田波郷
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>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎 神野紗希
【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】
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【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】
>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う 大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」 林翔
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【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】
>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し 芭蕉
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>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期 富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期 富沢赤黄男【後編】
【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】
>>〔1〕秋灯机の上の幾山河 吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる 加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す 寺田京子
【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】
>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊 杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ 後藤比奈夫
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【2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】
>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり 夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
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