こぼれたる波止の鮊子掃き捨てる
桑田青虎
先週は春を告げる野菜「白アスパラガス」の話を書いたが、今週は春告魚の「鮊子(いかなご)」である。毎年この時期になると、関西の春の風物詩「鮊子の釘煮(くぎに)」の甘い香りが漂う。何故「釘煮」と呼ぶのか定かではないが、醤油で煮詰めた後、鮊子が「錆びた釘」のような色と形をしているからではないかと推測する。ただ、味は錆びておらず、醤油·粗目·生姜の効いた甘辛でご飯とよく合う。
鮊子は北海道や瀬戸内海に多く棲息されており、特に播磨灘、大阪湾でたくさん漁獲されている。ただ近年、漁獲量が減少し翌年以降の資源確保のため、大阪府と兵庫県では解禁日と終漁日を設定している。今年は、解禁日が3月4日、終漁日が大阪湾で3月8日、播磨灘では操業中である(執筆時点)。鮊子は12月末から1月初旬に海底の砂に卵を産みつけ、10日間ほどで全長4mm程度の稚魚に孵化し、潮の流れに乗って播磨灘、大阪湾に広がり、2月末から3月初旬に全長3cm程になると活発にプランクトンを食して成長し、船曳網で漁獲される。
こぼれたる波止の鮊子掃き捨てる 桑田青虎
掲句はその船曳網にかかり、波止場で水揚げした情景である。水揚げの際に何匹かがこぼれた。漁師であろう人物が、鮮度·品質面で出荷できず、こぼれた鮊子を掃いて捨てる。「こぼれたる鮊子」と「掃き捨てる漁師」が、小さな命と大きな力の対比となり、冷酷な現実を映し出している。その現実を一枚の写真におさめた句である。
桑田青虎(1914年3月15日~2006年11月2日)は、広島県福山生まれ。「ホトトギス」「馬酔木」「寒雷」に投句し、1979年「田鶴」を発刊し主宰。1999年、娘の水田むつみに主宰を譲る。句風は骨太で詩情豊かと評される。
駅前の魚屋に、「いかなご 1200円/kg」と大きく書かれていた。その横に鮊子の釘煮が並んでいた。店主に釘煮の秘訣を聞いたところ、「待つだけ」と目をキラリと光らせた。今週末はロングホリデーなので、釘煮に挑戦してみよう。さて、お味は如何に。良い週末を!
(塚本武州)
【執筆者プロフィール】
塚本武州(つかもと・ぶしゅう)
1969 年、立川市生まれ。書道家の父親が俳号「武州」を命名。茶道家の母親の影響で俳句を始める。2000年〜2006年までイギリス、フランス、2011年〜2020年までドイツ、シンガポール、台湾に駐在。帰国後、本格的に俳句を習い、2021年4月号より俳誌『ホトトギス』へ出句。現在、社会人学生として、京都芸術大学通信教育部文芸コース及び博物館学芸員課程を履修中。神戸市在住。妻と白猫(ユキ)の3人暮らし。
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