白魚の命の透けて水動く 稲畑汀子【季語=白魚(春)】


白魚の命の透けて水動く

稲畑汀子

手前味噌で恐縮だが、筆者が所属している野分会と朔出版が「稲畑汀子俳句集成読書会」を共催している。昨年2月に逝去した稲畑汀子を偲んで「稲畑汀子俳句集成」をより深く読み、本人の実像に迫ろうというオンライン読書会である。毎回、稲畑汀子ゆかりの俳人をホストに迎え、多彩なゲストと共にテーマに沿った「推しの10句」について語り合う。それは笑いあり、ハプニングありの読書会である。

 4月2日に第二回目の読書会が芦屋の高浜虚子記念文学館で開催され、YouTubeでのライブ配信も行われた。テーマは「食」。稲畑廣太郎ホストのもと、結社の異なる関西在住の5人の若手俳人が集い、「俳句集成」にある約5000句の中から「推しの10句」を選び語り合った。その中で、視聴者を含めて一番人気のあった句を紹介する。

 白魚の命の透けて水動く 稲畑汀子 (『汀子第三句集』より。昭和62年)

 白魚は透明で眼だけが黒点の小さな魚である。白魚の命が透けて、川の水がその透けた身体を通して流れるのが見える。白魚が動いているのだが、あたかも白魚は水中で止まり、水だけが流れ動いているようだ。現実の世界ではあり得ない虚構の世界だが、ただほんの一瞬の静と動を発見したのであろう。また、その最中に白魚の命が水の中で輝き放っている、そんな美しい景が見えたのであろう。その一瞬を見逃さずに書き留め、俳句に認めたことが素晴らしい。

 「白魚」の句は他に4句「俳句集成」に綴られている。

 白魚の旬に早しと簗を守る  (『汀子句集』より。昭和49年)

 活白魚とて口中をまだ動く  (『汀子句集』より。昭和49年)

 水の色して白魚の生きてをり (『さゆらぎ』より。平成4年)

 白魚やこんな静かな水の音  (『風の庭』より。平成8年)

 汀子は、白魚の活き造りを食したり、命の美しさを感じたり、色を見たり、音を聞いたりなど白魚の季題を十分堪能したようだ。また、一つの季題に対し、色々な角度で観察し、試すことを教えてくれる。 

 さて、次回の読書会は6月17日(土)14時から。テーマは「色」。ホストは、玉藻名誉主宰の星野椿、玉藻主宰の星野高士が務める。YouTubeからどなたでも無料で視聴できるのでご興味のある方はどうぞ。では、週末愉快!

塚本武州



【執筆者プロフィール】
塚本武州(つかもと・ぶしゅう)
1969 年、立川市生まれ。書道家の父親が俳号「武州」を命名。茶道家の母親の影響で俳句を始める。2000年〜2006年までイギリス、フランス、2011年〜2020年までドイツ、シンガポール、台湾に駐在。帰国後、本格的に俳句を習い、2021年4月号より俳誌『ホトトギス』へ出句。現在、社会人学生として、京都芸術大学通信教育部文芸コース及び博物館学芸員課程を履修中。神戸市在住。妻と白猫(ユキ)の3人暮らし。

【塚本武州のバックナンバー】

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>>〔14〕春風や闘志いだきて丘に立つ  高浜虚子
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>>〔11〕こぼれたる波止の鮊子掃き捨てる 桑田青虎
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【初代金曜日・阪西敦子のバックナンバー】

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>>〔71〕早春や松のぼりゆくよその猫    藤田春梢女
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>>〔66〕年を以て巨人としたり歩み去る     高浜虚子
>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ  深見けん二
>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな     片岡奈王
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>>〔60〕木の葉髪あはれゲーリークーパーも  京極杞陽

>>〔59〕一陣の温き風あり返り花       小松月尚
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>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ      清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜     成瀬正俊
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>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に      高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸   後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり       永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉

>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女

>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




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