留守の家の金魚に部屋の灯を残し稲畑汀子【季語＝金魚（夏）】

ハイクノミカタ

留守の家の金魚に部屋の灯を残し　稲畑汀子【季語＝金魚（夏）】

2024/6/9
ハイクノミカタ, 阪西敦子
1931年生まれ, 2022年没, 「ホトトギス」, に, の, を, 夏の季語, 家, 灯, 灯す, 留守, 稲畑汀子, 部屋, 金魚, 阪西敦子

留守の家の金魚に部屋の灯を残し

稲畑汀子

1か月ぶりの復帰をして、また1か月、ハイクノミカタを書いていきます。よろしくお願いします。

それにしても5月は本当に永くて、連休がはるか昔のように思えるのです。

そんな5月の末の先週は、3つに1つ、何かをし忘れてしまって、自分が心配になっていたのだけれど、ともかく週末の1泊2日（深夜バスを入れれば2泊2日）の旅行は、行って帰って来られたのです（深夜バスで乗り換えもなく、着いた後は人任せだったのがよかった）。

深夜バスで着いた早朝の気仙沼市役所前のバス停には、旅の先遣隊のひとりが迎えに来てくれていて、みんなが泊まった旅館の朝食に合流して、お櫃から白米を2回お替りし、そのあと山に行って鍬を2人に1本、苗木を1人に2本手渡されて、目印の杭のある所に植樹をして、町に戻って鮪と鰹の刺身定食を食べ（今回はご飯のお替りはしなかった）、大雨の多賀城で奈良時代の史跡を見たあと仙台へ抜けて、さらに大雨の中、立ち飲みへ飲みにゆき（もともとが立ち飲みで出会った我々は、仙台の定員さんに感心されるほど、立ち飲みに強かった）、1日目終わり。翌朝、山寺駅へ。立石寺に登って、町を眺めたあと、町で芋煮と蕎麦とビールと酒で昼食を済ませ、山形に移って城跡に行った後、城近くの酒屋の角打ち（もちろん立ち飲み）で昼酒を飲み、広い三の丸を横切って市街にある堀を見に行き、帰りの電車の食料を調達して帰途についたのでした。

土地を訪ね、存分に飲食し、旅の目的の2つは達し、そのうえで忘れた3つに1つは、俳句を作ることでした、まあ、仕方なし。

旅から戻って火曜から始まった今週、すっかりリフレッシュしたのだろう、3つに2つほど忘れるようになってしまって、それもようやく週末を迎えようとしています。

というわけで、5月が長かったにもかかわらず、あっという間に来た6月5日分から、水曜のセクトポクリットに1か月復帰する予定でしたが、復帰初日から、失礼しました。

留守の家の金魚に部屋の灯を残し
稲畑汀子

金魚は人から見られやすい魚類。愛玩用として家や庭に飼われ、生態を見ることもできる。夜は眠るらしく、目は閉じないし、水に浮いているままだけれど、動きがないことでその眠りがわかるという。留守にするのは雨や曇りの日の薄暗い昼間とも、泊りで出る夜とも言える。もののサイトによれば、ほんとうは夜は灯りを消してやった方がいいらしいが、人が不在にする間、家にとどまる金魚のために明りをつけたままにしてきたことを「残し」とした。「残す」とは、不足・欠如すると困ることを、置いてきてやること。家族には置手紙として説明書きを残し、あるいは食事の作り置きを残し、何かに使うためのお金を残し、ペットにはひもじくないように水や餌を残し、金魚には灯りを残す。

作者・稲畑汀子は私の師であり、先頃、その師の名を冠した賞をいただくことが決まった。金魚に灯を残すように、自由に俳句を作り続ける環境を残し、いくつかの教えと、思い出せばつい微笑んでしまう記憶を残し、その死によって私が本当に句集を作るきっかけを残してくれた人だ。

さあ、あと12時間ほどで授賞式が始まる。なんとか忘れることなくそこへ辿り着き、残された灯を浴びにいってこよう。

（『稲畑汀子俳句集成』、2022年）

（阪西敦子）

【執筆者プロフィール】
阪西敦子（さかにし・あつこ）
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。2024年4月、句集『金魚』を上梓。

俳壇のサグラダ・ファミリア！
ついに刊行！！

◆第一句集
ラガーらの目に一瞬の空戻る
稲畑汀子の言葉として「見るから観るへ」というのがある。これはただ眺めるだけではなく、その奥にある季題の本質を探ることが大切であるという意味だが、まさにそれを実践した素晴らしい作品群である。
(跋より・稲畑廣太郎)