葉桜の頃の電車は突つ走る
波多野爽波
『湯呑』
前回は星野立子の〈電車いままつしぐらなり桐の花〉について書いたが、今回も、走る電車をモチーフとした初夏の句を取り上げたい。
モチーフも季も同じなのに、二つの句の感触はかなり違う。
そのひとつひとつを紐解くことをここではしないが、私がもっともおもしろいと感じたのは、立子句が「いま」という語で担保した「いま、このとき」性を、爽波句は散文的な文体そのもので立ち上げていることだ。
散文的文体を生かした写生句は、掲句以外にも数多あるけれど、ここまでスピード感あふれる句は、そうないのではないか。
「電車は365日突っ走っているのに、なぜ”葉桜の頃の電車は”と言い切るのか?」という当然のツッコミを、この句は置き去りにして、走る。
スピード感を焦点に掲句を見てみる。
下五の「突つ走る」は、特に述べる必要はないだろう。複合動詞の終止形で、「いま、このとき」の速度を感じさせる措辞だ。
季語が「葉桜」でなくてはならない理由は、葉桜と同じ夏の植物で、四音の別の季語に置き換えてみると、一目瞭然だ。風を感じる季語が、掲句のスピード感にふさわしいと思う。夏以外の季では、そもそも爽快感がない。
では、「頃」はどう捉えたらいいのだろう。
「葉桜の頃」という漠然とした時間と、「電車は突つ走る」の時間との接続は、ちょっと唐突な気がする。こういう場合「葉桜の頃や」とする手もあるが、ここで切字を用いて詠嘆してしまっては、句のスピードが削がれてしまう。ゆえに助詞「の」が適切なのだが、それによって句の意味は脱臼させられる。(つまり「電車は365日突っ走っているのに〜」というツッコミが入る)
意味が通じていそうで通じていないことがもたらす可笑しさが、ここにある。
しかし作者である爽波は、そういう不条理な可笑しさを狙っていたわけではないだろう。
掲句の「頃」という措辞を、その意味の漠然さ、希薄さゆえに、ある種の「ノリ」として私は読んでいる。ここで言う「ノリ」とは、たとえば「その場のノリに合わせて」というときの、「雰囲気」に近い意味合いではなくて、「グルーヴ」のことである。グルーヴと言うと韻律と結びつきやすいが、「意味上のグルーヴ」というのもきっとある。
掲句のスピード感について述べていたが、最後はグルーヴの話になった。
言葉から人間の心のひだを注意深く読み取ることや、言葉からイメージをはるか遠くまで広げていくことを、私はうまくできない。でも、たとえばスピードやグルーヴを「感じること」もまた、俳句の読み方だと思っている。
『波多野爽波俳句全集』暁光堂(2022)所収
(古川朋子)
【執筆者プロフィール】
古川朋子(ふるかわ・ともこ)
1969年生まれ。「蒼海」会員。第6回星野立子新人賞受賞。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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