昼寝よりさめて寝ている者を見る 鈴木六林男【季語=昼寝(夏)】


昼寝よりさめて寝ている者を見る

鈴木六林男

映画「スーパーマン」の一場面だったと思う。何かの衝撃を受けて人々が倒れ伏しているなか、クラーク・ケントだけが目を覚まして起き上がる。周囲は皆気を失っている。見回した後、一般人と同じであることを装うためにもう一度横になるのだ。今日の句からそんな記憶が甦ってきた。

自分以外は倒れ伏している状況。なんという恐怖だろう。彼はスーパーマンだから周囲に合わせようなどという判断に至ったのだ。一般人ならパニックを起しても不思議はない。

こんなことはさすがにないだろうが、日常において出来ることがあるなら一般人なりに取り組んでいきたい。倒れている人がいたら声をかけるくらいのことならできる。

昼寝よりさめて寝ている者を見る

昼寝から覚めるとまだ寝ている人が目の前に。状況としては誰をあてはめても成立するし、構造もシンプルですっと心に入ってきやすい。

寝ている者を見ている自分を描くという客観的な把握にはどこか皮肉なニュアンスも含まれている。
しかし表現上小さな違和感がある。「寝ている者を見る」とは日常の一場面を綴るには少し大げさで固い表現だ。その改まりようから考えるに、自分だけ目覚めて寝たまま見ているというよりは起き上がって見ているとする方がふさわしい。

最も日常から遠く感じさせるのは「者」という言葉。日本国語大辞典によると

“〘名〙 (中略)卑下したり軽視したりするような場合に用いることが多く、また、現代では、「これに違反したものは」 「右のもの」など、公式的な文書で用いる。”

とある。そういえば「者」というと呼ばれる側を下に見ている感じはないでもない。卑下・軽視というとそれまでだが、実生活においてはかえってそこに親しみがうまれることもある。前述の通り物理的な上下もあるかもしれない。

「寝ている者」が誰なのか。誰を想定してもそれなりに思い起こされる顔はある。たとえば「家の者」という言い回しがあるように、へりくだるニュアンスで家族としても違和感はない。家族=守るべき者として見ていると鑑賞すると「見る」という行為にも奥行きが感じられる。

そうなると、幼い子どもに昼寝させようと寝かしつけていたら自分も寝入ってしまったが、先に目覚めて子どもの顔をじっと見ている…そういう素直な鑑賞が落ち着くのである。

窓の外の電線には鳩が。パソコンを操りつつ眠りに落ちそうな者をまんまる目玉で見下ろしているのだろうか。鳩はそんな人間に気付きもせずどこかに飛んでいってしまった。

『惡靈』(1985年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


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