雨聴いて一つ灯に寄る今宵かな　村上鬼城【季語＝無月（秋）？】

2023.09.20
ハイクノミカタマンスリーゲスト

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雨聴いて一つ灯に寄る今宵かな

村上鬼城

いきなりだがこの場をお借りして少々自慢がある。このたび、去る九月十八日に、第三十六回村上鬼城新人賞を頂戴した。村上鬼城の名を冠する賞をいただいたことはとても身に余る思いである。私と関わって下さっている全ての方、選考委員の先生方、顕彰会の方々にこの場を借りて改めて御礼を申し上げたい。

また当日参加させていただいた式典も、鬼城への敬意の伝わる素晴らしいもので、顕彰会のご尽力に頭が下がりっぱなしであった。

選考経過を拝読すると、受賞作品「命脈」の

ひとひらの光曳きくる竹落葉　

抱き上ぐる吾子に芯あり軒菖蒲

テーブルをつたひ来る子や豆ご飯　

産声の響く廊下の涼しさよ　

野馬追の引き連れてくる土煙

踏台の子と歯を磨く夜涼かな　

病む母に少女の眠り月涼し　

遺されて父と北窓塞ぎけり

初旅や母ゐぬ部屋に声かけて　

勝独楽の止るがごとく廻りけり　

足裏に聴く結氷の湖の音　

などの句が評価されたようである。まだまだ至らぬ中であるが、新人としてのフレッシュさを推していただいたのであろう。激励と思い、さらに邁進していきたい。

そんなわけで今回は村上鬼城を採り上げた。鬼城は法律関係の職に従事し、北関東在住という共通点にまず親近感を覚える。

掲句は『定本鬼城句集』の「秋　天文」に置かれていて、前後は全て「無月」の句である。鬼城は句の中で「無月」と季語を明示していない。意欲作である。現代的な感覚では「今宵」のみで読者に「月今宵」まで読んでもらうことは難しく、無季と解されてもやむを得ない句であろう。

私はこの句と「月さして一ト間の家でありにけり」の著名な句を一対の句と思う。同句に関しては、読者もご存じの通り、セクト・ポクリットを運営しておられる堀切克洋氏に「『ありにけり』をめぐる攻防」（第二十一回山本健吉評論賞受賞作品）という優れた論考がある。

また中里昌之（麦外）の名鑑賞のとおり「一ト間の家」は、「これ以上分割不能のいわば胎生空間であり、生命がそこでやどり、生き、やがて死すべきぎりぎりの創造体そのもの」であり、「ありにけり」の持つ全一的なるものの存在の充溢感が遺憾なくひびき伝わってくる（『村上鬼城の基礎的研究』）。「月さして」の句に関しては私も同意見である。

だが、「月は隈なきをのみ見るものかは」（『徒然草』第百三十七段）。日本人の美意識がなぜ「無月」という季語を生んだかに思いを馳せたい。私たちは一概に光るものが嫌いという訳ではない。だが浅く冴えたものよりも、沈んだ翳りのあるものを好むし、月が見えないときに月を思うことには、いわば恋心にも似た気持ちがある。鬼城の人生は月の照る人生であっただろうか。そうではなかったであろう。

よく知られるように、鬼城は耳が悪かった。のみならず、都心に出るもうまく行かずに高崎にて司法代書人として働いた。なかなかに子だくさんであり、生活は苦しかったという。

鬼城の活躍は百年以上も前のことであり、高崎の鬼城旧居を見ても、お世辞にも決して大きいとは言えない日本家屋である。鬼城翁は家中を暗くして、たった一つの灯に寄っている。影はふっくらと光を吸い取るかのようであっただろう。濁りを帯びていたかもしれない。そして月を見ているのではなく、実際は月を思いながら雨を聴いている。

鬼城は詩人として月を友としているが、その月にさえもまみえることができない。人生の晴間のごとき皓皓と照る月を思いながら、現実に「雨を聴く」鬼城の姿は、理想と現実の二面が背反するものではなく、実際には同じものであることを図らずも暗示しており、そのまま鬼城の人生を想起させる。そこには「月さして」の句の全能感と非常に振れ幅の大きい、拭うことのできない淋しさがある。

鬼城というと「境涯」という言葉一つで片付けられがちである。だが鬼城句の本質は、掲句のようにどれだけ近くに家族や友人や句友がいても、最後はたったひとりで引き受けなくてはならない、分割不可能なひとりひとりの現代人の孤独を先取りした点にあろう。

その点において掲句はもちろん、鬼城の他の句についても、鬼城の属人的な条件にかかる句として読まれるのではなく、より普遍的な句として鑑賞されることを願う。

（伊藤幹哲）

【執筆者プロフィール】
伊藤幹哲（いとう・まさのり）
昭和六十三年宇都宮市在住。「馬醉木」同人。俳人協会幹事（栃木県支部事務局長）。第十二回北斗賞、俳人協会第五回新鋭俳句賞・第七回新鋭評論賞準賞、第三十六回村上鬼城賞新人賞。第一句集に『深雪晴』（文學の森）。

【伊藤幹哲さんの第一句集はこちら！】

◆伊藤幹哲氏は宇都宮市在住、大正11年創刊の俳句結社「馬醉木」に所属して日々研鑽を積む34歳、二児の父でもあります。白日へまばゆき鷹を放ちけり　挨拶はなし春闘の席に着く　月のいろ宿す金魚を掬ひけり　踏台の子と歯を磨く夜涼かな　秋燕や光あつめて出す棺「私は、俳句形式としての有季定型切字の可能性を深く信じている。自らの心の動きを表現するにあたって、生涯をかけて追究していくべきことだと思っている。俳人は十七音の世界の中でどこまでも自由なのだから」(本書より)