つれづれのわれに蟇這ふ小庭かな 杉田久女【季語=蟇(夏)】


つれづれのわれに這ふ小庭かな

杉田久女

 私が住んでいる街の公民館に図書室が併設されている。ここは、公民館活動の資料室としての存在であり、公民館で実施する講座や催しに関する本を揃えている。文学、歴史、社会科学などの一般書を含めて約25,000冊の蔵書があるので、それなりの規模である。私の家から徒歩圏内なので、最近、何かのついでに立ち寄っている。蔵書の中には、詩歌コーナーがあり俳句の本が何冊か置いてある。その中で私は『杉田久女句集 石昌子編』を手に取った。その時は、杉田久女や石昌子を語るだけの知識を持ち合わせなかったが、この句集を借りることで知ることとなった。

 杉田久女(1890年5月30日~1946年1月21日)は、鹿児島県鹿児島市に、大蔵省書記官の父と妻の三女として生まれた。12歳になるまで父の任地だった、琉球、台湾に過ごし、1908年、東京女子高等師範学校(現、お茶の水女子大学)附属高等女学校を卒業し、その翌年、美術学校教師の杉田宇内と結婚し小倉に住んだ。夫との間に二人の娘が生まれ、その長女が昌子(後の俳人石昌子)である。夫の杉田宇内は愛知県の素封家の長男で、久女は絵を描かない夫との結婚生活に失望し、高浜虚子を崇敬し、俳句や文章に打ち込んだ。その後体調不良で一旦俳句から離れるが、中村汀女、橋本多佳子の手ほどきによりカムバックする。1932年10月、星野立子、本田あふひと共に女性初の「ホトトギス」同人に推挙され、3度同誌雑詠欄の巻頭を飾った。

 しかし、ここから彼女の人生が暗転する。句集の出版を切望し、虚子に序文を何度も懇願するも黙殺される。彼女の直情径行な個性と俳句に対するあまりに一途な情熱は周囲との摩擦を生み、1936年10月、日野草城、吉岡禅寺洞とともに「ホトトギス」同人から除名される。以後、「ホトトギス」への復帰と句集出版を願うも、生前にはかなわなかった。1946年1月、持病の腎臓病が悪化し死去。享年55歳。

 私が公民館図書室で借りた『杉田久女句集 石昌子編』は、1969年7月30日の初版本であり、久女の死後、23年経過した句集である。あとがきの序文に石昌子は母・久女を偲んでこう書いている。

「久女という俳人について、俳句だけを愛誦して戴けば、故人にとってそれが何よりの供養と考えたのであった。句集は昭和27年に角川書店より出版され、幸にも世の共感を得たのであったが、作者についての理解が全くと言ってよいほどなかった。歪曲さえされて、周辺の者としては、残念な気持ちが堪えなかったので、作者を知る一助にもと思い、故人の文集を昭和43年に自費出版した。」

つれづれのわれに蟇這ふ小庭かな 杉田久女

 この句集の巻頭句である。1918年(大正7年)、久女が「ホトトギス」へ投句し始めた頃の作品である。物悲しくもあり、ユーモアもあり、そして初々しさを感じさせる、そんな句である。

塚本武州



【執筆者プロフィール】
塚本武州(つかもと・ぶしゅう)
1969 年、立川市生まれ。書道家の父親が俳号「武州」を命名。茶道家の母親の影響で俳句を始める。2000年〜2006年までイギリス、フランス、2011年〜2020年までドイツ、シンガポール、台湾に駐在。帰国後、本格的に俳句を習い、2021年4月号より俳誌『ホトトギス』へ出句。現在、社会人学生として、京都芸術大学通信教育部文芸コース及び博物館学芸員課程を履修中。国立市在住。妻と白猫(ユキ)の3人暮らし。



【塚本武州のバックナンバー】

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>>〔34〕コスモスを愛づゆとりとてなきゴルフ 大橋 晄
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【初代金曜日・阪西敦子のバックナンバー】

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>>〔65〕クリスマス近づく部屋や日の溢れ  深見けん二
>>〔64〕突として西洋にゆく暖炉かな     片岡奈王
>>〔63〕茎石に煤をもれ来る霰かな      山本村家
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>>〔61〕替へてゐる畳の上の冬木影      浅野白山
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>>〔59〕一陣の温き風あり返り花       小松月尚
>>〔58〕くゝ〳〵とつぐ古伊部の新酒かな   皿井旭川
>>〔57〕おやすみ
>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ      清原枴童
>>〔55〕車椅子はもとより淋し十三夜     成瀬正俊
>>〔54〕虹の空たちまち雪となりにけり   山本駄々子
>>〔53〕潮の香や野分のあとの浜畠     齋藤俳小星
>>〔52〕子規逝くや十七日の月明に      高浜虚子
>>〔51〕えりんぎはえりんぎ松茸は松茸   後藤比奈夫
>>〔50〕横ざまに高き空より菊の虻      歌原蒼苔
>>〔49〕秋の風互に人を怖れけり       永田青嵐
>>〔48〕蟷螂の怒りまろびて掃かれけり    田中王城
>>〔47〕手花火を左に移しさしまねく     成瀬正俊
>>〔46〕置替へて大朝顔の濃紫        川島奇北
>>〔45〕金魚すくふ腕にゆらめく水明り    千原草之
>>〔44〕愉快な彼巡査となつて帰省せり    千原草之
>>〔43〕炎天を山梨にいま来てをりて     千原草之
>>〔42〕ール買ふ紙幣(さつ)をにぎりて人かぞへ  京極杞陽
>>〔41〕フラミンゴ同士暑がつてはをらず  後藤比奈夫
>>〔40〕夕焼や答へぬベルを押して立つ   久保ゐの吉

>>〔39〕夾竹桃くらくなるまで語りけり   赤星水竹居
>>〔38〕父の日の父に甘えに来たらしき   後藤比奈夫
>>〔37〕麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜     飯田蛇笏
>>〔36〕あとからの蝶美しや花葵       岩木躑躅
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵        本田あふひ
>>〔34〕麦秋や光なき海平らけく       上村占魚
>>〔33〕酒よろしさやゑんどうの味も好し   上村占魚
>>〔32〕除草機を押して出会うてまた別れ   越野孤舟
>>〔31〕大いなる春を惜しみつ家に在り    星野立子
>>〔30〕燈台に銘あり読みて春惜しむ     伊藤柏翠
>>〔29〕世にまじり立たなんとして朝寝かな 松本たかし
>>〔28〕ネックレスかすかに金や花を仰ぐ  今井千鶴子
>>〔27〕芽柳の傘擦る音の一寸の間      藤松遊子
>>〔26〕日の遊び風の遊べる花の中     後藤比奈夫
>>〔25〕見るうちに開き加はり初桜     深見けん二
>>〔24〕三月の又うつくしきカレンダー    下田実花
>>〔23〕雛納めせし日人形持ち歩く      千原草之
>>〔22〕九頭龍へ窓開け雛の塵払ふ      森田愛子
>>〔21〕梅の径用ありげなる人も行く    今井つる女

>>〔20〕来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話   田畑美穂女
>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー  千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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