横顔は子規に若くなしラフランス　広渡敬雄【季語＝ラフランス（秋）】

2023.10.18
ハイクノミカタマンスリーゲスト

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横顔は子規に若くなしラフランス

広渡敬雄

　ラ・フランスが好きだ。もうどうしようもなく好きなんだ。あのフォルムが好きだ。色が好きだ。香りが好きだ。歯ごたえが好きだ。かぶりついたときに耳に抜けていく音がたまらない。甘さと酸味のバランスだって最高じゃないか。だから今日はちょっと付き合ってほしい。

　広渡敬雄 – Wikipedia

　今更私が紹介するまでもないが略歴を書く。

　能村登四郎に師事。「沖」同人。「塔の会」幹事。第五十八回角川俳句賞受賞。句集に『遠賀川』『ライカ』『間取図』。著書に【書評】広渡敬雄『俳句で巡る日本の樹木50選』（本阿弥書店、2021年） | セクト・ポクリット (sectpoclit.com)。広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅 | セクト・ポクリット (sectpoclit.com)は長期にわたって好評を博して連載中だ。

　俳句に関する抱負を述べたものとして、

「私の俳句は、この地球上には存在しない純粋の青い薔薇を求めての永遠の旅であろう。」（「青き薔薇活けし瓶あり銀河系」の句がある）

「思うに、吐瀉（としゃ）とは俳句になりうるものを選別し、反芻（はんすう）はそれを磨き上げることかもしれない。・・・まだまだ老いを詠むことは出来ないが、生きることの意味を自然詠を通じて探っていきたいと思う。」

「吾々は少しでも自然に眼を向け、その一員であることを自覚し、その素晴らしさとともに恐ろしさも知るべきだと思う。」などがある。

　さて掲句。角川俳句賞受賞の決め手となった句の一つであったという。

_{^{子規の横顔といっているのはこれであろう。教科書等で馴染み深い。}}

・背を伸ばし子規の糸瓜に触れゐたる

・糸瓜棚より子規が見え律が見え

などの句も魅力があるが、掲句は「糸瓜」ではなく、「横顔」に目を向けた点において類想を退ける。

「投函直前まで粘ると天与の措辞、発想が降ってきて、一気に輝くような句に変身することがある。要は執着心・こだわりだろう。」とは作者の言である。常日頃俳句に触れ、そして先人のことを知ろう・学ぼうとしていないと、上五の「横顔」は出て来ない。

　中七の「子規に如くなし」の「し」のつながり、「子規に如く」のｋ音とi音の韻律は実にしゃきしゃきした感じだ。また「なし」の「な」の持つa音が心地よく下五への橋渡しをしていることも見逃せない。

　その下五の「ラフランス」がまた見事な斡旋で、句の要だ。「ラフランス」の持つあたたかみのあるリズムが中七の措辞と噛み合って、ラ・フランスを食べたときの歯ごたえを思い出す。そう言われて、子規の横顔を見ていると、確かにラ・フランスをひっくり返したように見えてくるから不思議だ（決して美味しそうではないが）。作者の机上にラ・フランスがあるのかもしれないし、ないのかもしれないが、そこは俳句を読むのに影響しないだろう。あるとすれば静物画のイメージを重ねているかもしれない。

　また西洋の概念を積極的に取り入れ、俳句・短歌の近代化を進めたことと「ラフランス」とは響き合う。さらに他の果物と違って追熟を要するのが洋なしの特徴である。多くの俳人は、子規にまで師系を遡ることができるだろう。「写生」をめぐっては今なお議論がやまない。子規は没後にも俳壇に影響を与え続けている。

　こうして理屈を付けることはいくらでもできるが、下五の「ラフランス」への跳躍を素直に各人が感じるべきなのであろう。「ラフランス」が梃でも動かないことを実感するはずだ。

　句全体を通して、作者は自然な形で、時間をかけて自らの中で咀嚼しながら、柔らかく子規に接しようとしている。そこにこそ子規への敬意が伝わってくるし、先人に触れながら、なおも先に進もうとする俳人としての矜持を感じる。

　子規の横顔の写真が残っているのは、子規が病牀にあったために横顔の撮影となったことによるという。いわば偶然だ。俳句もまた、各人の季語との出会い然り、一句の中での「子規の横顔」と「ラフランス」の偶然の出会い然り、さらには俳句を通じて広がる縁もまた然り、そのような偶然の出会いの一つ一つを運命と呼ぶのだと思う。

（伊藤幹哲）

【執筆者プロフィール】
伊藤幹哲（いとう・まさのり）
昭和六十三年宇都宮市在住。「馬醉木」同人。俳人協会幹事（栃木県支部事務局長）。第十二回北斗賞、俳人協会第五回新鋭俳句賞・第七回新鋭評論賞準賞、第三十六回村上鬼城賞新人賞。第一句集に『深雪晴』（文學の森）。

【伊藤幹哲さんの第一句集はこちら！】

◆伊藤幹哲氏は宇都宮市在住、大正11年創刊の俳句結社「馬醉木」に所属して日々研鑽を積む34歳、二児の父でもあります。白日へまばゆき鷹を放ちけり　挨拶はなし春闘の席に着く　月のいろ宿す金魚を掬ひけり　踏台の子と歯を磨く夜涼かな　秋燕や光あつめて出す棺「私は、俳句形式としての有季定型切字の可能性を深く信じている。自らの心の動きを表現するにあたって、生涯をかけて追究していくべきことだと思っている。俳人は十七音の世界の中でどこまでも自由なのだから」(本書より)