泥に降る雪うつくしや泥になる　小川軽舟【季語＝雪（冬）】

2024.02.08
ハイクノミカタマンスリーゲスト

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泥に降る雪うつくしや泥になる

小川軽舟

この原稿を書いているのは2月5日、外は大雪が降っている。東京の大雪というと、冬の雪よりも春の雪の方が多い印象だ。

ためしに気象庁のデータにあたってみる。すると、1962年から2023年までの、東京都で最大積雪を記録した日の日付と積雪量のデータが載っていた。年間で最も雪が積もったのが11月だったのが1年、12月が2年、1月が17年、2月が24年、3月が8年、4月が1年で、積雪のない年が9年あった。やはり2月が多い。積雪量の多い順で見ると、1969年3月12日に30 cm、2014年2月15日に27 cm、2018年1月22日に23 cm、1994年2月12日に23 cm、1968年2月16日に23 cmと、大雪はことに春に降る傾向が強いようだ。

そういえば昔中学の地学の授業で習ったことによると、大雪になるためには、降水量が多いことと地上付近の温度が低いこととが必要であり、東京では、空気が乾燥し晴天の多い真冬よりも、太平洋側を低気圧が通過する春先の方が大雪になりやすいのだという。低気圧は通例暖かくて湿った空気を運んでくるから、東京のすぐ近くを通ってしまうと低温条件が満たされず雨になってしまう。一方低気圧が東京から遠すぎると雨すら降らない。だから、強い寒気に覆われたなかで絶妙な距離を低気圧が通った時、大雪になりやすいのだという。二・二六事件や桜田門外の変(新暦3月24日)といった印象的な雪の日には、春の低気圧がいい感じのところを通っていたということになる。

雪の俳句はいろいろ思い浮かぶが、掲句は「雪」と言いつつ春の雪の風情がある。改めてみると、見ているものと俳句で言う事とをこう合致させるのはすごいと思う。というのは、「泥に降る雪」は空中の雪であり、「泥になる」の瞬間にはもう雪は無いわけで、「泥」→「雪」の瞬間である接着点をあえて省いた仕立てがその見え方を忠実に再現しているように思える。

そしてもう一つ今回この句を見て驚いた事だが、掲句の響きはなんというか本当に救いがないと思った。例えば、この句をおそらく下敷きにしている句に、＜泥水の氷に泥の無かりけり　抜井諒一＞があるが、この句は「どろ」「こおり」といった柔らかい調べから一気に下五の切れ字に行くのが魅力。泥でいうと＜つばめつばめ泥が好きなる燕かな　細見綾子＞というのもあり、これは上五で作った明るさに下五で帰ってくる母音の運びがある。お辞儀の時の伴奏のような音運びである(伝わるかな？)。

翻って掲句を見てみると、「どろ」という濁音から一旦「雪うつくしや」という母音・子音ともに静かで美しい響きになるのに、最後文字通り泥をびちゃっと投げつけるかのような下五「泥になる」。見た目もさることながら音の意味でも読ませてくれる作品である。